2-2
その後、カイルを送り出し、玄関に「受付終了」のプレートを下げた後、レイクは診察室に戻ってカルテを記入していた。
途中で手洗い所に行き、手を洗って戻ろうとしたところでふと鏡に映った自分と目が合う。普段は顔を洗う時くらいしか見ることがないが、カイルとの会話を思い出し、レイクは改めて自分の顔を観察してみた。眼鏡を取り、顔のパーツ一つ一つに手で触れる。切れ長の水色の瞳、高い鼻梁、シャープな輪郭。客観的に見て、確かに整っていると言えなくもない。
といっても、彼は今まで自分の容姿の良さを自覚したことはなく、それを生かそうという気もなかった。
王都で研修医として学んでいた頃は、医師の名を使って遊行に耽る同僚の姿をよく目にしたものだが、レイク自身はその一団に加わることはなかった。彼にとって医師になることは何よりも優先すべき事項であり、色事に現を抜かしている暇はなかった。その意味で、カイルに言った言葉はあながち間違いでもなかった。
開業医の地位を手に入れてからも、レイクは羽目を外す気にはなれなかった。医学は日進月歩であり、少しでも気を抜けば時代から取り残される。それはすなわち、彼の医師として地位を揺らがすことでもあった。
だからレイクは診察の傍らで勉強を惰らず、たまの休日には王都に行って知り合いの医師と情報交換をした。
そんな多忙な日々だったので、実際に恋人を作る余裕はなかったのだが、それも一年前までの話だ。
レイクが鏡の前でぼんやりと追想に耽っていると、不意に待合室の方からノックの音がした。端から見れば、時間外であることを知らない患者が来たのかと思うだろうが、そうでないことをレイクは知っていた。だから特段焦りもせずに眼鏡をかけ直し、ゆっくりと待合室の方まで歩いて行って玄関の扉を開けた。
扉の先には予想通りの人物がいた。水色のコートにサイドに下ろした三つ編み。リビラだ。人目を気にするように周囲を見回していたが、レイクが出てきたのを見ると表情を綻ばせた。
「あ、レイク……。今、大丈夫?」
三つ編みを耳にかけながらリビラが小声で尋ねてくる。受付時間内かどうかを尋ねているわけではないことはレイクも承知している。だからこう答えた。
「ああ。さっき午前中の診療が全て終わったところだ。夕方までは誰も来ない」
リビラが「そう」と言って安心した顔になる。彼女は
「実は今日、ちょっと怪我しちゃって……。診察もしてほしいんだけど」リビラがおずおずと言った。
「怪我? どこをだ?」レイクが眉を吊り上げる。
「首のところ。ほら、ちょっと切れた後があるでしょ?」
リビラがうなじにかかっていた三つ編みを手でどけた。確かに赤い傷跡が一本斜めに走っている。髪で隠せる程度ではあるが、いざ剥き出しになると痛々しい。
「また
「そうなんだけど、今呼び出せる魔物はあんまり強くないの。犬とか猫とか小型の魔物ばっかりで、盗賊と戦っててもすぐにやられちゃうことも多くて。だからもっと強い魔物を呼ぼうとしたんだけど、やっぱりダメね。途中で失敗して氷片に戻っちゃった」
茶化すように言ってリビラが両手を広げる。レイクが呆れ顔でため息をついた。
「まったく……君はいつもそうやって無茶をする。向上心があるのは結構だが、少しは自分の身体を大事にすることも覚えたらどうだ?」
「ごめんごめん。でもほら、もし怪我してもあんたが治してくれるってわかってるから、だからちょっとくらい無茶してもいいかと思ったの。前に言ってくれたでしょ? もっと甘えていいって」
その言葉を持ち出されると何とも言えず、レイクは気まずさを振り払うように眼鏡の位置を直した。拝むように両手を合わせるリビラを見つめた後、今一度ため息をついて続ける。
「……とにかく、中にお入りください。お代は結構ですから」
急に口調を変えたのは人が傍を通りがかったためだ。住民の前では、二人はあくまで医師として患者として振舞うことにしている。リビラも心得たもので「はい、先生」などと澄ました顔で言って付いてくる。
普段は勝気に振舞っているのに、時折こうしたしおらしい態度を見せるのが何とも愛おしかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます