1−5
寝台でしばらく休ませたところでリビラは目を覚ました。最初はここがどこかわからず怯えた様子だったが、レイクの姿を見ると安心した様子になった。
寝台から診察室に場所を移したところで、リビラはぽつぽつと自分の身にあったことを語った。何でも、水晶加工職人の店から品物を盗み出した若者がいたらしく、街の外へ逃げようとしたところを彼女が一人で追いかけたのだと言う。
リビラは
ステッキが命中して若者は転んだが、そこで逆上したのか、隠し持っていたナイフでリビラに襲いかかってきた。
幸い、近くに住民がいたので若者はすぐに取り押さえられたが、それでもリビラは衣服や身体に傷を負うことになってしまった。住民はすぐ診療所に行くよう勧めたが、リビラは取り合わずに自分の家に帰った。それでも痛みが治まらなかったため、人が出払ってから診療所に行くことを決めたのだという。
話を聞きながら、レイクは呆れとも怒りともつかない感情が込み上げてくるのを感じた。
彼女の人を頼ろうとしない性格は相変わらずようだ。盗賊の確保も、傷の手当てさえも自分一人で片を付けようとする。責任感が強いのはわかるが、こんな無茶を続けていたら今に倒れてしまうだろう。住民の手を借りるのは嫌でも、せめて怪我の治療くらいは僕を頼ってくれてもいいのに――。
「……事の経緯はわかりました」レイクは息をつきながら言った。「ですがリビラさん、盗賊を一人で追いかけるなんていくら何でも危険過ぎますよ。なぜ応援を呼ばなかったんです?」
「目を離したら逃げられると思ったんです」リビラが神妙な顔で答えた。「それに盗賊を捕まえるのはあたしの仕事ですから、自分で何とかしなきゃって気持ちがあったんです」
「ですが、そのためにあなたはこれほど重傷を負ったのですよ? 周囲に人がいたからよかったものの、もし誰もいなければもっと大変な目に遭わされていたかもしれない。そのことを考えたことがありますか?」
自然と声に憤りが滲む。リビラが叱られた子どものようにしゅんとして視線を落とした。
それを見てレイクは罪悪感を覚えた。こんな厳しい言い方をするつもりではなかった。本当に伝えたかったのは別の言葉だ。ただ、あなたが心配なのだと――。
「……まぁいいです、とにかく傷を見せてください」
感情を振り払うように首を振りながらレイクが言った。包帯と軟膏を準備するために薬品棚に向かう。その二つを持って戻ってくると、リビラはコートの袖を捲り上げた状態で待っていた。袖から覗く腕は傷だらけだ。
「……今回は全身を確認した方がよさそうですね。申し訳ありませんが、コートを脱いでいただけますか?」
前回のことを忘れたわけではなかったが、あえてレイクは言った。万が一深手があった場合、放置すれば命の危険に関わる。リビラも今度は拒まずに大人しくコートを脱いだ。
コートの下の彼女は黒いチューブトップ姿だった。身体が細いせいか、鎖骨がくっきりと浮き上がっている。髪は邪魔にならないようにピンでアップにされ、細い首筋が剥き出しになっていた。
その姿を見ていると、レイクはなぜか心臓の鼓動が速まるのを感じたが、きっと傷の多さに驚いているせいだろうと思った。
レイクはリビラの向かいの椅子に腰かけて傷を調べた。傷は広範囲にわたって付けられていたが、幸い、命に障りのあるものはなさそうだった。
傷を調べているうち、どうしても露出した肩や鎖骨、それに胸部の曲線が目に入ることがあり、レイクはそのたびに自分が妙に緊張していることに気づいた。
今日はいったいどうしてしまったのだろう。普段の自分なら、人の肌を調べたところで冷静さを失うことなどない。ヘーデルのような老婆はもちろん、若い女性患者に聴診器を当てた時も同じだ。それなのに、どうしてリビラを前にするとこんなにも心が揺さぶられるのか、レイクにはわからなかった。
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