5-8
リビラの家が近づく頃には日暮れを迎え、街の姿も少しずつ変わり始めていた。空は東側から茜色に染まり、間もなく夜に空間を明け渡そうとしている。石畳を駆け回る子どもの姿は消え、露天商も店の片付けを始めている。あと一時間もすれば街からは喧噪が消え、帰路につく大人の姿が時折見られる程度になるだろう。夜の静寂を満たすのは運河を流れる水音のみ。静謐なミストヴィル。プロポーズには相応しい空間だ。
リビラの家の前に到着し、呼吸を落ち着けてから扉を叩く。だが中から返事はない。強めに叩き直してみても結果は同じだった。どこかに出かけているのだろうか。
周囲を見渡したところで、ふと家の裏手から話し声が聞こえた。耳慣れた声。リビラのものだ。彼女が家にいてくれたことに安心し、レイクは裏手に回り込んだ。リビラは誰かと向かい合って立っており、レイクに気づいた様子はない。意を決して彼女の元に向かおうとしたところで、再びリビラの声が空間を突いた。
「だからそうじゃないって言ってるでしょう!?」
強い口調に思わず足を止める。反射的に家の壁に背中をつけ、相手から姿が見えないようにする。顔だけ覗かせて様子を窺うと、リビラがシリカと向かい合っていた。それぞれステッキとロッドを手にしている。
「さっきから見てたら、あんたが呼んでるのってアメーバみたいな頼りないものばっかりじゃない。それじゃ賊と戦うなんてできないわよ」
「わ、わかってるよ……。私もお姉ちゃんみたいな強い魔物を呼ぼうとはしてるんだけど、どうしても上手くいかなくて……」
「
「うん……わかってる。でもなんでか上手くいかなくって……」
「本当にちゃんとイメージしてるの? 他のこと考えてるんじゃない?」
「ち、違うよ……。まぁ、途中で気が散っちゃうことはたまにあるけど……」
「それじゃ駄目なのよ。大事なのは集中。実戦じゃもっと素早い召喚が求められるんだから、今からちゃんと鍛えておかないと」
「うん……ごめんね……」
叱られるような格好になってシリカがしゅんと縮こまる。一連の会話からレイクは事態を察した。リビラはシリカに氷結召喚の練習をさせているのだ。
「にしても、あんたもなかなか術が成功しないわね。ちゃんと練習してる?」
「や、やってるよ……。お姉ちゃんがいない時だって、一人で練習して……」
「その割に上達しないわね……。あんた、
「そ、そんなことないよ……。私だって一生懸命やって……」
「やっても結果が出なきゃ意味がないのよ、シリカ。もしここにいきなり賊が現れたらどうするの? 頑張ったけど水晶を守れませんでした、じゃあたし達がいる意味がない」
「それは……そうだけど……」
二人の会話を聞いているうちにレイクは居たたまれなくなってきた。リビラは今でこそ自由自在に氷結召喚ができるようになっているが、彼女も水晶魔術師を拝命した当初は術を使うのに苦労していたはず。なのに今は、その時の苦しみを忘れ、シリカに厳しく当たっている。それが水晶魔術師としての使命感ゆえの行動だということはわかったが、それでもレイクには、一方的に責められているシリカが不憫でならなかった。
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