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 その後、ミストヴィルの自宅に戻ったレイクは、指輪を渡す段取りを考えた。

 プロポーズをするからにはシチュエーションが大事だろう。夜に洒落た店へ食事に誘い、花束と共に指輪を渡すか。

 だが、そんな気障なやり方は自分の柄ではないと思い直した。ムードがかえって緊張感を煽り、思っていることの半分も伝えられないに違いない。


 迷った末、レイクは運河の畔で指輪を渡すことに決めた。ミストヴィルの象徴である運河。自分とリビラはこの水の流れる地で生まれ、水の音を子守歌にしながら育ってきた。今も二人で川縁に腰を下ろし、何をするでもなく河のせせらぎに耳を傾けることがある。そうした時間は心地よく、ミストヴィルの街に対する愛慕の情を自然と湧き上がらせた。


 自分達はこれからも水の音を聞き、水と共に生きていく。その誓いとして、プロポーズの場所に運河を選ぶのは必然とも言えた。


 手帳を開いて予定を確認する。なるべく早く行動を起こしたいところだが、明日から一週間は仕事が詰まっている。仕事終わりに呼び出すこともできなくはないが、それでは時間が遅くなってしまうし、何より仕事が手に付かなくなる。自分の気持ちを整えるためにも休みの日の方がいいだろう。

 となれば決行は一週間後。遠いように思えるが、多忙な日々に身を置いていれば時間はあっという間に過ぎるはず。後は当日までリビラに悟られないようにしなければならない。幸か不幸か、彼女も多忙で会う時間は減っているから、事前に悟られる心配はないはずだ。思考をまとめたところでレイクは指輪を抽斗の奥にしまった。




 来たる一週間後、レイクは朝からそわそわして過ごしていた。いつもより一時間以上早く目を覚まし、朝食を胃に流し込むとすぐに手持ち無沙汰になる。読書でもして時間を潰そうにも内容が全く頭に入ってこない。やむなく椅子に腰掛け、もう何度目になるかわからない今日の段取りの確認をすることにした。


 リビラには今日呼び出すことは伝えていないが、家にいることはわかっている。普段は住民を助けて回っていることも多い彼女だが、たまには休養を取るようレイクが勧めたのだ。

 それが今日。彼女は今頃何をしているのだろう。すぐさま家を訪ねて確認したい衝動に駆られるも堪えた。昼間は運河を訪れる人も多く、プロポーズに適した時間とは言えない。夕方、観光客が帰路に着き、露天商が店じまいをし、人通りが少なくなる時間帯に彼女を呼び出すつもりだった。もちろんプロポーズとは言わず、散歩という名目でだ。普段から夕涼みとして川縁を散歩することはあるから不自然には思われないはず。他愛のない、日常の終わり。そこで自分が指輪を差し出したらリビラはどんな顔をするだろう。


 快い想像を膨らませている間に時間は過ぎ、日が傾いてきたのでレイクは支度をすることにした。何を着ていこうか迷ったが、元々洒落た服など持っていないので選択肢は少ない。一番新しいシャツとスラックス、それにネクタイとジャケットを身につけて鏡の前に立ち、全身を入念に確認する。髪に櫛を通し、最後に眼鏡を磨いたところで家を出た。肝心の指輪は、すぐに取り出せるようジャケットのポケットにしまってある。緊張感と高揚感の両方を覚えながらレイクはリビラの家へと向かった。

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