5-9

「ねえ……お姉ちゃん、やっぱり私、水晶魔術師クリスタル・マジシャンに向いてないんじゃないかな……?」シリカがおずおずと言った。


「今だって氷結召喚フリージング・サモン失敗してばっかりだし、このままじゃ魔物を召喚して戦うなんできっこない。お姉ちゃんみたいになるなんて無理だよ……」


「最初から弱音吐いてちゃ駄目よ、シリカ。あんただって頑張ったら一人前になれるはずなんだから。今はとにかく努力しないと」


「でも……」


「言い訳しないの。ほら、もう一回行くわよ」


 弁解の暇を与えずにリビラがステッキを構える。シリカも仕方なくロッドを構えた。そのまま呪文を唱えて魔物を召喚しようとするものの、やはり生まれるのはアメーバのような物体ばかりだった。そのたびにリビラがシリカを叱り、シリカがしゅんと項垂れる。


 二人の様子を見ながら、レイクは一年前のことを思い出していた。リビラが悪夢を見たあの晩のことだ。


 一人で水晶魔術師の任を負おうとするリビラに対し、レイクはシリカを水晶魔術師にするよう勧めた。シリカが水晶魔術師になって共に戦えば、リビラの心労も今よりは晴れるはず。そう考えての提案だった。

 リビラはその提案を受け入れ、シリカも承諾して水晶魔術師を拝命したと聞いた。リビラが悪夢を見てから数週間後のことだ。


 あれから一年が経つが、シリカが水晶魔術師として賊と戦ったという話は聞いたことがない。リビラによれば、彼女はまだ氷結召喚が使えず、実戦は任せられないという話だった。だから状況は以前と変わらず、今もリビラが一人で街と水晶を守っている。それでも水晶が奪われたという話は聞かないから、問題は生じていないのだろう。


 だけど、その状況を前にして、シリカ自身はどんな気持ちでいるのだろうか。せっかく水晶魔術師を拝命しても役に立てず、姉の活躍を傍観するしかない無力感。それはレイクにも覚えのある感情だった。両親が、あるいはリビラが華々しく活躍する姿を見るたび、持たずに生まれた自分との差が浮き彫りになり、何度劣等感に駆られたことだろう。


 シリカが今感じているのも、それと似たような心境ではないだろうか。彼女は自分と違って魔力を宿しているが、それでも術が使えなければ意味がない。姉の助けになるために水晶魔術師の道を選んだのに、肝心の姉から必要とされないのであれば、自分など、いる意味がないではないか――。彼女がそう考えていても不思議はなかった。


 その後も十分ほど訓練は続いたが、シリカの氷結召喚は一向に成功しなかった。やがてリビラも諦めたのか、今日はもう終わりにすると言ってステッキを下ろした。シリカは項垂れたまま先に家の中に戻っていく。背中を丸めたその姿は、普段よりもずっと小さく見えた。


「……リビラ」


 シリカが家に入ったところで、レイクがそっと物陰から出てきてリビラの前に立った。リビラは自分の一角獣を水に戻したところだったが、レイクに気づくと意外そうに振り返った。


「あら、レイク。来てたの?」


「ああ、君とシリカが訓練をしている様子だったから、声をかけずに待っていたんだ」


「そう。悪かったわね、待たせちゃって。それで、今日はどうしたの?」


「今日は……」


 近くを通りかかったから寄ったんだ。よかったら、少し川縁を歩かないかい? 何度もシュミレーションしたはずのその台詞が、なぜか上手く言葉にならなかった。しばらく沈黙が続いた後、場を埋めるように別の言葉を継ぐ。


「それよりも、さっきの訓練だが……少し厳しすぎるのではないか? シリカが努力していることは君だって十分わかっているはず。もう少し彼女の頑張りを認めてやるべきだろう」


「もちろんわかってるわ。でも実際、術が使えなかったら意味ないのよ。いつ賊が攻めてくるかわからないんだから、早く習得するに超したことはないわ」


「だが、君自身、氷結召喚を習得するまでには何年もかかったはず。彼女にそれ以上のペースを求めるのは酷ではないか?」


「あたしはあの子に早く一人前になってほしいのよ。あの子が一人で戦えるようになればあたしも助かるし、何よりあの子のためになる。だから頑張ってほしいだけよ」


 リビラの返答は小気味よく少しも迷いがない。レイク自身、一概に彼女が間違っているとも思えなかったが、それでも先ほどのシリカの様子を思えば、彼女に今のような指導を続けさせることがよいとも思えなかった。


「リビラ……。君とシリカは違う。君は元々魔力が強く、賊を相手にしても物怖じしない。だから水晶魔術師としても適性があったんだろう。 

 だけどシリカはそうではない。彼女は君よりも魔力が弱く、性格も臆病だ。そんな彼女が盗賊を相手にすることを考えてみろ。きっと相当なプレッシャーを感じるはずだ。その辺りの事情を汲み取ってやった方がいいんじゃないか?」


「それはそうだけど……にしても妙にあの子の肩を持つのね。そんなにシリカが心配?」


 リビラが眉根を寄せて尋ねてくる。心配。確かにそれもあるが、どちらかと言えばレイクの心を占めているのは別の感情だった。努力しても魔力が発現しない、無力感への共鳴。


「……とにかく、もう少しシリカの気持ちも考えてやった方がいい。あまり厳しくしすぎてもあの子を追い詰めるだけだ」


「……わかったわよ。はぁ……にしても今日はいいことないわね。シリカの訓練は上手くいかないし、あんたには怒られちゃうし……」


 リビラがため息をついて肩を竦める。レイク自身、ここに来るまでは高揚していた気持ちが急速に萎んでいくのを感じた。今日は自分と彼女にとって最上の日になるはずだったのに、どうしてこんな気詰まりな状態になってしまっているのだろう。

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