4-2
診察室にリビラを通し、椅子に座らせたところで、気を落ち着かせるためにレイクは温かい飲み物を出すことにした。ティーバッグの紅茶をカップにセットし、ポットのお湯を注いで提供する。リビラは口をつける気にはなれないようだったが、レイクが何度も勧めてようやく一口だけ飲んだ。飲むと顔に少しだけ血色が戻ったが、それでも不安げな表情は晴れなかった。
「それで、何があった……?」
リビラをの向かいに腰かけながらレイクは尋ねた。リビラは浮かない顔でカップの中の紅茶を見つめ、一分ほど経ってからようやく呟いた。
「……夢を見たの」
「夢?」
「そう。あたし、今日は運河の傍で
「どんな夢だったんだ?」
「……六年前のことよ。あたしの両親が死んだ時の夢……」
六年前、まだ彼女が
「そうか……。確か君は、戦闘の場にいたのだったか……?」
「……ええ、そう。盗賊に人質に取られちゃってね。その時のことを夢の中で見たのよ。まるで六年前に戻ったみたいにはっきりと……」
リビラの顔が苦悶に歪められる。当時の彼女が見た凄惨な光景については、レイクも以前聞いたことがあった。目の前でちらつくナイフ。石畳に転がされ、執拗に暴行を受けていた父親。リビラが金切り声を上げると彼女を人質にしていた賊が苛立ち、怒りに任せて彼女を突き刺そうとした。死の刃が降りかかろうとしたところで誰かが賊を突き飛ばし、リビラは石畳の上に放り出された。急いで顔を上げた彼女が目にしたのは、自分の代わりにナイフを突き立てられた母の姿――。
「……そうか。それはひどい夢を見たな。怖かっただろう?」
「ええ……。起きた時には汗びっしょりになってたわ。おまけに外はもう暗くなってて、辺りに人気もなくて……。それを見てたらあたし……一人でいるのが急に怖くなって……」
「……無理もない。ここまで無事に来てくれてよかったよ」
レイクが労わるように言い、そっとリビラの身体を抱きしめる。まだ恐怖を引き摺っているのか、肩は小刻みに震えていた。
「……今までもこれと同じ夢を見たことはあるの」リビラが腕の中で呟いた。
「忘れたと思ったら急にやってきて……何度も何度もあの時の場面が繰り返されるの。そのたびにあたし……これは親があたしに与えた罰なんじゃないかって思うの。『お前が人質になんてならなかったら、死なずに済んだのに』って……」
「……馬鹿なことを言うものじゃない。君の両親は必死で君を守ろうとしたんだ。君を罰しようなどと考えるはずがない」
「……でもね、あたし時々思うのよ。もし、あの時あたしが水晶魔術師だったら、人質になんかならずに済んだのにって……。両親と一緒に戦って……、二人を、守れてたんじゃないかって……」
「……あの時の君はまだ十七歳だった。たとえ水晶魔術師を拝命していたとしても一線で戦うのは難しかっただろう。そう自分を責めるものではないよ、リビラ」
「……ええ、わかってるわ。でもね、そうでも考えないと、あたし、今でも時々水晶魔術師を辞めたくなるのよ」
「そうなのか?」
レイクが意外そうにリビラを見つめる。彼女が水晶魔術師を辞めたがっているというのは初耳だった。
「ええ……。賊と戦ってる時にね、あの時の場面がフラッシュバックすることがあるの。父が殴られてる姿や、母が刺されてる姿が目に浮かんで……今度は自分が同じ目に遭うんじゃないかって思う。
そしたらもうパニックよ。戦いなんて放り出して、鍵をかけて家に閉じこもりたくなる。まぁ、実際にはそんなことしないんだけどね」
「そのことを、街の人には……?」
「言ってないわ。水晶魔術師が弱音なんて吐いたらみんなに心配かけるだけだもの」
「だが……それでは君の精神が持たないだろう。君が抱えているのは一種のトラウマだ。それを誰にも言わずにいるなど……」
「だから今あんたに話してるのよ。レイク先生はあたしの主治医だもの。……あたしのこんな情けないとこ見せても、見限らないでいてくれるでしょう?」
リビラが寂しげに笑ってレイクを見上げる。普段の気丈さからは想像もつかないほどその表情は弱々しげだった。常に勝気で、姉御肌で、街を守るために一人戦い続けるリビラ。その裏でこうした脆さを抱えていることを、自分にだけは、教えてくれた。
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