1-11

 リビラは呆気に取られた顔でレイクを見つめていた。彼女がこの告白をどう受け止めたのか、表情からではわからない。身の程知らずだと笑われるだろうか。いくら気取った台詞を並べたところで、大見得を切った凡人の空言にしか聞こえないだろうか。


「……ダメよ」


 不意にリビラが囁いた。レイクは胸を衝かれて彼女を見た。リビラはレイクから顔を背け、苦しげに視線を落としていた。


「あなたは自分が冷たい人間だって言ったけど……あたしにとってはそうじゃない。あなたはいつだって優しくて、お金も時間も気にせずに治療をしてくれて、あたしのどんなわがままにも応えてくれた……。それが本当の性格かどうかなんて、あたしにはどうだっていいの。あなたは実際に何度もあたしを助けて、あたしに寄り添ってくれた……。

 そんなあなただから……あたしも……弱みを、見せてもいいと思って……」


 リビラが不意にしゃくり上げる。表情は見えなかったが、泣いているのだとすぐにわかった。


「でもね……やっぱりダメなのよ。もし先生の気持ちを受け入れてしまったら、あたしはますます先生に甘えてしまうわ。怪我をした時だけじゃなくて、少しでも辛いことや苦しいことがあったら、すぐにここに来て、あなたを頼ってしまうかもしれない……。

 でもそれじゃいけないのよ。だってあたしは水晶魔術師クリスタル・マジシャンなんだから。そんな簡単に、人に甘えたりしちゃ……」


 そこで強い力で引き寄せられ、リビラは最後まで言葉を続けることができなかった。


 彼女はレイクに抱き締められていた。それまで懸命に感情を抑えつけていたレイクだったが、その瞬間だけは、理性も礼儀も全て頭から消し飛んでいた。


「……いいんだ」


 リビラの耳元でレイクがぽつりと言った。腕の中でリビラが身動ぎする気配がしたが、逃れようとはしなかった。


「甘えてくれていい。頼ってくれていいんだ。僕は君の力になりたい。君が一人で背負ってきた重荷を、分かち合う存在でありたい。水晶魔術師でない以上、共に戦うことはできないが……それでも他の方法で君を支えたい。

 だから……お願いだ。もうこれ以上一人で抱え込まず……僕を、頼ってくれないか……? リビラ……」


 敬称のない呼び名が耳朶じだに触れた瞬間、リビラの肩がわずかに強張った気がした。小刻みに震える吐息。それはシャツの襟元を通ってレイクの首筋に触れ、彼女がひた隠しにしていた心細さを伝えてくる。その温かな、それでいて凍えるような吐息を感じていると、レイクは彼女の背中に回した手に自然と力がこもるのを感じた。


 彼女はどれほど長い間、苦しみと悲しみを一人で抱え込んできたのだろう。どれほど長い間、自分の脆さを内側に閉じ込めていたのだろう。

 二年前、両親が共に戦死した時、彼女はまだ十七歳だったはずだ。幼い妹と二人で残され、おまけに水晶魔術師という重責を一人で背負い、どれほどのプレッシャーに晒されていたかは想像に難くない。


 だけど、彼女はそんな時も、いつもと変わらず溌剌はつらつとして、自分よりも人のことを優先して立ち回っていたのだろう。それが両親に教えられたことだから。水晶魔術師として求められる姿だから。


 リビラはしばらく何も言わなかった。だが、不意にしゃくり上げる音が聞こえたかと思うと、ふっと身体から力が抜けてレイクの胸に身体を預けてきた。

 込み上げる嗚咽。それが大きくなるにつれてレイクのシャツが濡れていく。レイクはそれを気にした様子もなく、今一度彼女の身体を抱き締めた。


 鼻孔をくすぐる甘い香り。今までで一番強く感じられるそれは、彼女への情愛の証となって、残り香のようにレイクの内側に漂っていた。






 その日を境に、二人の関係は変化することになった。

 とはいえ、人々の耳目を集めるほど表面的な変化があったわけではない。レイクは相変わらず診療所で多忙な日々を過ごし、リビラはリビラで、妹の付き添いの下で氷結召喚フリージング・サモンの練習に励んでいた。二人が顔を合わせる機会は少なく、たまに街に出たレイクが彼女を見かけた時か、リビラが術に失敗して診療所に行く時くらいで、その時も二人は必要な話をするだけですぐに別れてしまった。だから人々の目には、この二人は以前と変わらず医者と患者の関係を保っているように見えた。


 だけど、よくよく観察すれば、そこに変化の兆候を見て取ることはできた。街で偶然顔を合わせた時、何気なさを装って会話をする中で、時折交わす視線が熱を帯びていたこと。レイクが診療所で患者の名前を呼ぶ時、リビラだけ敬称を付けずに呼んでいること。そうした些細な変化を見逃さなければ、二人の関係の変化に気づくことはできたかもしれない。


 だけど、今はまだ、それは二人だけの秘密だった。

 あの夜の出来事と同様、まるで夢のごとく甘美な、だけど夢ではない。連綿と紡がれる日々の中に存在する、真白の愛だった。




[五年前 ―出逢い― 了]

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