3-8

 シリカの熱意とレイクの助力が巧を奏し、シリカはついに軟膏を完成させることができた。シリカが薬学の勉強を始めてから、半年が経った頃だった。


 小さな蓋つきの容器に入ったそれは、薬草や精油、蜜蝋みつろうなどの素材を調合し、二時間ほど湯煎して作り上げたものだった。それまで作ったものとは違って異臭がすることもなく、白色にとろりとした質感をしたそれは誰がどう見ても軟膏の体を成していた。


「わぁ! 見てください先生! ちゃんとお薬ができましたよ!」


 シリカがぴょんぴょん飛び跳ねながら自作の軟膏をレイクに見せてくる。長い時間努力を重ねてきただけに感動も一入だったのだろう。子どものように全身で喜びを表す様は相変わらず可愛らしい。


「ああ。さっき試しに塗ってみたが、ひんやりした感触が心地よかった。きっと傷にもよく効くだろう。ここまでよく頑張ったね、シリカ」


 レイクが微笑みながらシリカの頭を撫でてやる。シリカは自分も両手で頭を押さえながら、照れくさそうにえへへ、と笑った。


「でも薬学って面白いですね! おんなじ素材を使ってても全然違うお薬ができたりして。だからあんなにたくさん種類があるんですね!」


「ああ、薬学は料理と似ていてね。素材は同じでも、調合の方法を少し変えるだけで様々な薬を生み出せるものなんだ。また、素材同士の相性もあり、相乗効果によって効能が強い薬を作り出すこともできる。なかなか奥深い学問だよ」


「へえ、すごい! 私ももっといろんなお薬を作ってみたいです!」


「ぜひ試してみるといいよ。君は勉強熱心で僕も教え甲斐がある。それになかなか筋がいい。今まで作った薬も効能の高いものばかりだったからね」


「えへへ、嬉しいなぁ……。あ、そうだ! ね、先生。私がもっといろんなお薬を作れるようになったら、先生の助手にしてもらえませんか?」


「助手?」


「はい! 先生、いつも忙しそうだし、お手伝いがしたいなぁって前から思ってたんです」


 確かに自分は多忙を極めている。特にシリカへの薬学の講義を始めてからはそちらに時間を取られ、カルテをまとめる時間が足りずに深夜まで働き詰めになることも珍しくなかった。だけど、それでシリカを助手にするのは何か違うような気がした。


「気遣ってもらえるのは有り難いが……何も君が助手になることはないだろう。どちらかと言えばリビラを助けてやった方がいいんじゃないか?」


「もちろんお姉ちゃんのことも助けますよ! お薬をたくさん作れるようになって、怪我を治してあげるんです!」


「いや、僕が言っているのはそういう意味ではなくて……君が水晶魔術師クリスタル・マジシャンになればどうかという話なんだが」


 口にしてすぐ、レイクは自分の失言に気づいた。案の定、シリカはそれまでの朗らかさを引っ込めて沈んだ表情になってしまった。


「……先生もやっぱりそう思うんですね。魔力があったら、水晶魔術師になるのが当たり前だって……。でも私、水晶魔術師になりたいとは思いません」


「それは……どうしてだい?」


「魔力が弱いからです。私は氷結召喚フリージング・サモンもできませんし、盗賊と戦ったって足手まといになるだけです」


「だが、微弱でも魔力があるのであれば、鍛えて強化することも可能だろう。氷結召喚だって、薬学と同じで練習すればいずれはできるようになると思うが」


「……私が気にしてるのは魔力のことだけじゃないんです。私……性格が怖がりで、小さい頃は犬に吠えられるだけで泣いちゃうくらいだったんです。だから男の子からも泣き虫とか弱虫とか言われてバカにされて。そういう時はいつもお姉ちゃんが助けに来てくれたんですけど」


 確かにリビラも、初めて会った時にはシリカのことを臆病だと言っていた。今よりもさらに小さいシリカが同世代の少年に泣かされ、それを見たリビラがその少年を叱りつけている場面が容易に想像できる。


「そんなだから私……氷結召喚を使えるようになったとしても役に立てないと思うんです。きっとまた盗賊が怖くて泣いて……お姉ちゃんに守ってもらうに決まってます」


「……そうだろうか。君がリビラを守る可能性も皆無ではないと思うんだが」


「……私には無理ですよ。お姉ちゃんみたいに強くありませんから」


 シリカが諦観したような笑みを浮かべる。薬学ではあんなに熱意を見せていたのに、魔力のことになると途端に自信を失ってしまうようだ。


 だが無理もないだろう。日頃からリビラの華々しい活躍を目の当たりにして、だけど自分は彼女のようにはなれない。そんな事実を突きつけられたら誰だって劣等感を抱くに決まっている。


「ではシリカ、君は水晶魔術師にならない代わりに、薬剤師を目指したいということかい?」


「はい。私にはそっちの方が向いてると思うんです。お姉ちゃんもたぶん、私が水晶魔術師になることなんて考えてないと思いますし」


 それはどうだろう。シリカの将来についてレイクがリビラと話し合ったことはないが、彼女は妹が水晶魔術師になることを望んでいるのではないだろうか。

 いくらリビラが強く見えたとしても心の内では不安を感じているはずで、共に戦うパートナーがいてくれた方が心強いだろう。とはいえ、これはシリカとリビラの問題であり、部外者である自分が安易に口を挟むべきではないと思った。


「……そうか。君の将来のことに僕がとやかく言うことはできないが、もし本当に薬剤師を目指すつもりなら事前にリビラに伝えておいた方がいいよ。彼女が君を水晶魔術師にしたがっている可能性だってあるのだからね」


「わかりました! お姉ちゃんにもちゃんと相談しておきますね!」


 シリカがにっこり笑って頷く。彼女達の話し合いがどこに向かうかはわからないが、どんな結論が出たとしてもそれを尊重しようとレイクは考えた。

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