3-7
その後も薬学の講義は続き、シリカは相変わらず熱心に勉強を続けていた。
始めは失敗続きだった彼女も、回数を重ねるうちに調合に慣れていき、簡単な薬ならメモを見なくても作れるようになっていった。そうするとさらに意欲的になり、新しい薬の作り方を教えてほしいとレイクにせがんできた。
特に覚えたがっていたのは軟膏の調合だった。自分用に使うのかとレイクが訊くと、シリカはリビラのために作りたいのだと言った。
「
レイクが目の前で軟膏を調合してやると、シリカは彼の一挙手一投足を食い入るように見つめ、ノートが真っ黒になるまで彼が話した注意点を書きつけていた。
ただ、自分で調合するとやはり上手くいかず、大抵は異臭を放つ奇妙な練り物ができあがっていた。そのたびにシリカはしゅんとして部屋の隅で三角座りをし、レイクは彼女の頭を撫でて慰めてやった。
だが、度重なる失敗を続けてもシリカは諦めなかった。何とかして軟膏を作れるようになろうと、余った薬草を家に持ち帰っては、自分の部屋でこっそり調合していた。
待合室で文献を読む時も、以前のように途中で眠りこけることはなく、何度もページを行きつ戻りつしながら細部まで熱心に読み込んでいた。あんまり熱心に読んでいるので、夕方の診療が始まっても気づかないこともあった。
そんな時にはレイクはそっと待合室の様子を窺い、混み合っていない限りはシリカをそのままにして、近くを通った際に差し入れとしてお菓子を置いてやるのだった。
シリカがここまで熱心に学ぶ理由がレイクは最初わからなかったが、しばらくして、他ならぬリビラのためだからだと気づいた。
日頃からリビラと一緒に過ごしているシリカは、レイク以上に彼女が負傷した姿を見てきたはずだ。大切な人が傷ついているのを見ながら何もできない自分に、シリカは無力感を抱いていたに違いない。
シリカに強い魔力があれば、賊との戦いに加勢して姉を守ることもできたのだろうが、彼女はそれだけの力が自分にないことを知っていた。だからこそ、自分にできる別の方法で姉を助けようとしたのだろう。
それはレイクが、医師としてリビラを支えると誓った時の気持ちに似ていた。あの時の気持ちに偽りはなく、レイクは今でもリビラの力になることを心から願っていた。彼女が活躍する姿を見て時折古傷が疼くのは事実だが、それは一時の迷いに過ぎないと考えていた。
シリカに対しても、最初は魔力を持ちながら魔力を使わないことに憤りを感じていたが、冷静になってから考えてみると、自分が彼女の人生に指図する筋合いはないと思い直した。
レイク自身、魔術師としては生きられないことを悟ったからこそ医師を志したのであり、シリカはそれと同じことをしているだけだ。一つの道に拘泥するのではなく、別に自身が輝ける場所を見つけようとする。それは賢明な判断だ。レイク自身が選択したその生き方を、シリカが繰り返してはいけない理由はない。
とにかく今は、シリカの望みである軟膏の調合が成功するよう力を尽くすとしよう。シリカが姉を助けるために努力を続けるというのなら、それを助けるのが医師としての自分の努めだ。診療後だけでは時間が足りないのなら、休診日を調合の練習に充ててもいい。それでシリカが喜ぶのなら、多少自分の時間が削られたところで構わなかった。
あの姉妹を幸福にすること。それはレイクにとって宿望であり、その望みを叶えるためなら、どんな労でも厭うつもりはなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます