3-6
「……ところで、シリカ、君自身はどうなんだい?」レイクが静かに尋ねた。
「え、何のことですか?」
「
「あぁ……私は無理ですよ」シリカが苦笑いをしてかぶりを振った。
「魔力は一応ありますけど、お姉ちゃんみたいに強い力じゃないので、魔物を呼び出すなんて絶対できません」
「……そうだろうか。魔力があるのであれば、試してみる価値は……」
「お姉ちゃんの真似して何回かやってみたけど無理だったんです。魔物を呼び出す以前に、水を凍らせることすらできなくって、いろんなところを水浸しにしてみんなに怒られちゃいました」
「だが……それは単に経験が足りないだけでは? 薬学と同じで、練習を重ねれば努力が実る可能性はあると思うが」
「……私はいいんです。力を使っても、みんなの迷惑になるだけですから」
シリカが寂しげに笑って視線を落とす。レイクはまだ納得がいかなかったが、どこか影の差したシリカの表情を見ていると、それ以上質問を重ねることは憚られた。
「……あ、もうこんな時間。私、そろそろ帰りますね! 遅くなったらまたお姉ちゃんに怒られちゃうので」
壁の時計を見ながらシリカが声を上げる。時刻は夜の十時十五分を回っていた。普段なら十時を過ぎればリビラがシリカを迎えに来るのだが、最近ではその機会が減っていた。彼女自身も帰りが遅くなっているのかもしれない。
「一人で帰らせるのは心配だな。家まで送っていこうか?」
「大丈夫ですよ! すぐ近くですし、一人で帰れます!」
「そうか。だがくれぐれも気をつけるんだよ。なるべく明るい道を通って帰るんだ」
「はぁい。じゃ、失礼しますね、先生。ありがとうございました!」
シリカがぴょこんと頭を下げ、小走りで診療所を出て行く。窓から外を眺めると、薬入りの小瓶を大事そうに抱えて暗がりの中を走っていくシリカの姿が見えた。次第に小さくなっていくその背中を眺めながら、レイクは内心複雑な心境でいた。
魔力を受け継いでいながら、シリカはその力を使おうとしない。それがレイクには不思議だった。
もし自分が彼女の立場だったら、血反吐が出るほど訓練が必要だったとしても術を習得しようとしただろう。
レイクの両親もまた、全盛期には大蛇や竜といった強力な魔物を召喚していたものだ。かつては彼もそんな両親に憧れていたのだが、彼が両親の跡を継ぐことはついになかった。
焦がれる存在が近くにいたとしても、決してそこに手が届かない無力感。シリカが味わっているのも同じような心境なのだろうか。
だけどレイクからすれば、魔力があるのにそれを活かそうとしないシリカは、自らの才能を放棄しているとしか思えなかった。
彼女には水晶魔術師として活躍するチャンスがある。レイクが望んでも決して与えられなかった機会を、生まれながらに手にしている。
それなのに、彼女は最初から自分の可能性を閉ざし、姉のようにはなれないと諦めている。それが何とももどかしかった。
シリカがいなくなった後もレイクはしばらく暗闇を見つめていたが、やがてかぶりを振って窓から視線を外すと、机に戻って溜まっていたカルテを片づけ始めた。
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