2-5

「……ま、まぁでも、とりあえずもうちょっと秘密にしておいてもらえる? あたしが一人前の水晶魔術師クリスタル・マジシャンになれたら、あんたの恋人だって胸張って言えるようになると思うから」


「君がそう望むなら僕に異存はない。これまで通り、外では医者と患者としての関係を続けることにしよう」


「……そう、ありがとう。でもね、誤解しないでほしいんだけど、あたしだってあんたと会いたくないわけじゃないのよ。付き合ってることを話せばもっと堂々と会えるようになるし、そうしたい気持ちもあるけど、今はまだ早いって思うだけで……」


「わかっている。だからこそ、こうして会える時間を大切にしたいものだね」


 レイクがリビラに微笑みかけ、そっと彼女を抱き締める。リビラも逆らわずに彼に身を預けてきた。そのまま顔を近づけて接吻を交わす。舌を絡ませ、相手の奥底まで求め合う。

 彼女と大っぴらに会えないのは寂しいが、こうして秘密裏に関係を結ぶのもそれはそれで悪くないとレイクは思った。


 長い時間をかけて愛を確かめ合った後、二人は名残惜しそうに身体を離した。

 時刻は四時二十四分。間もなく夕方の診察が始まる。時間外に診療所から出てくるところを見られてもいけないため、三十分前にはリビラも退散するようにしていた。


「……じゃ、そろそろ帰るわね。外に誰もいないといいんだけど」


 リビラが閉めたカーテンをそっと開けながら通りの様子を窺う。日によっては気が早い患者が外で待っている場合もあるが、今日はまだ誰も来ていないようだ。


「……今度、いつ会えるかしらね。なるべく早く来るようにはするけど、あたしも最近忙しいから、当分難しいかも……」


「無理をすることはない。僕はいつでもここにいる。君の都合のいい時に来てくれれば十分だ」


「そう……わかったわ。でも、こんな短い時間しか会えないなんてやっぱり寂しいわね……。一人前になるまで待つなんて言わないで、さっさと話した方がいいのかしら」


「それは君の気持ち次第だが、あまり性急な真似はしない方がいいんじゃないか? 君が水晶魔術師クリスタル・マジシャンとして修業中の身で、訓練を積むのに時間を要することは理解している。僕と会うことを優先して、訓練が疎かになってしまったら本末転倒だろう?」


「そうだけど……あんたは辛くないの? こんな少ししか会えないなんて……」


「もちろん辛いさ。だけど、無理に僕と会う時間を増やして、それで君の訓練を妨害するような真似はしたくないんだ。君が一人前の水晶魔術師になることは、僕にとっての望みでもあるからね」


 それはレイクの心からの言葉だった。初めて会った時に彼女に抱いた妬心はすっかり消え、純粋に医師として彼女を応援する気持ちが芽生えていた。

 レイクはそれを、リビラへの愛情が嫉妬を凌駕した結果だと理解しており、自分がそんな風に凪いだ心境でいられることを喜んでいた。


 僕は修羅に吞まれることはなかった。今後はもう過去に捕らわれず、医師としてリビラを支えながら生きていくのだ。


「そう……わかったわ。じゃ、これからも無理のない範囲で通うことにするわ」


「それがいい。僕もなるべく手隙の状態で待つようにはするが、ここのところ患者が増えていてね。時間内に診察が終わらないことも珍しくないんだ。だから日によっては待ってもらうことになるかもしれないが……」


「……しょうがないわね。レイク先生はみんなのお医者さんだもの。あたしが独占したら怒られちゃうわ」リビラが肩を竦めた。


「ああ。だが心配はいらない。今のところ他に若い女性の患者はいないし、今後来院があったとしてもごく普通の診察しかしない。あの治療法は君だけのものだよ、リビラ」


「……そう。ならよかったわ」


 リビラが顔を赤らめて目を逸らす。勝気な顔の中に見える恥じらいがどうしようもなく愛おしくて、レイクはこのまま彼女と別れてしまうのが惜しくなってきた。だが夕方の診療開始時刻は刻一刻と迫っており、これ以上の長話はできない。


「……じゃ、またね、レイク。身体に気をつけてね」


 名残惜しいのはリビラも同じだったのだろう。寂しげな笑みを浮かべながら手を振り、のろのろと待合室の方に向かおうとする。


 レイクはその背中をじっと見つめた後、やがておもむろに立ち上がって彼女の手首を摑んだ。リビラが驚いた顔で振り返る。

 レイクは彼女の顔を見つめ、逡巡するように視線を落とした後、不意に彼女の手を放して一人で待合室の方に向かった。玄関の扉を開けて出て行き、すぐに戻ってくる。そのまま診察室まで戻ってくると、後ろ手に扉を閉めて言った。


「……臨時休業のプレートを下げてきた。今日は予約が入っていないし、重病の患者もいないから問題はないだろう」


 リビラが目を丸くして見返してくる。レイクはふっと微笑んで続けた。


「君の病気は深刻なようだからね。もう少し治療が必要だと思ったんだ。だがそれには時間がかかるし、邪魔が入らない環境が必要だ。

 だから申し訳ないが、他の患者には遠慮してもらうことにした。僕も君も、いつも人のために散々働いているんだ。一日くらい、自分達のための時間を過ごしても問題はないだろう?」


 冗談とも真面目ともつかない口調でそう言うと、レイクはおもむろに首にかけていた聴診器を外して机の上に置いた。次いで白衣を脱ぎ、きちんと畳んで椅子の上に置く。


 リビラは呆気に取られてその様子を見つめていたが、やがて苦笑を漏らして呟いた。


「……いけない人ね、レイク先生」


 それだけ言うと、リビラはおもむろに自分の髪に手をやり、結ったばかりの三つ編みを解き始めた。




[四年前 ―密会― 了]

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