三年前 ―師弟―
3-1
ミストヴィルに診療所を構える若き青年医師、レイクの評判は、彼が街に移住して三年が経っても衰えることはなかった。
開業当初こそ、診療所の場所が街外れにあり、おまけに古民家を改装した古い建物ということで患者が来院するか疑問視されていたが、丁寧な診察が話題を呼んで患者の数はあっという間に増え、三年経った今では開業当初の倍以上に膨れ上がっていた。
だが、どれだけ患者が増えてもレイクは当初と変わらずに丁寧な診察をし、軽症の患者であっても邪険にすることは一切なかった。
その公平な姿勢はますますレイクの名声を高め、今や彼はミストヴィルになくてはならない存在となっていた。どこに行っても彼の令聞は絶えず、中には他の地方から噂を聞きつけて来院する患者まで現れた。
レイクが衆望を獲得することはミストヴィルの人々としても鼻高々だったが、一方で、彼がもっと大きな病院から引き抜かれるのではないかという不安を抱かせることになった。
実際、彼が移住前に勤めていた王都の病院からは、彼を呼び戻したいという手紙が何度か送られてきていた。その話を聞きつけたミストヴィルの住民は診療所まで足を運び、レイクに街に留まってほしいと直談判した。
だが、彼らの心配は杞憂だった。住民が移住の件を話題にするたび、レイクは穏やかに笑みを浮かべてこう答えたからだ。
「僕はこの街が好きなんですよ。ここは自然が豊かで空気も美味しい。街の人ものんびりしていて、王都よりも暮らしやすいんです。だから出て行くつもりはありませんよ」
彼のその答えは住民を安心させたが、中には心配性な者もいて、重ねて尋ねた。
「でもよ、先生。こんな小さい診療所じゃ一人で何もかもやらなきゃいけねぇし、運営が大変だろう? 王都の病院なら職員だって潤沢だろうし、患者が多い分給料だって高いはずだ。わざわざこんな地方の街で仕事を続ける必要はないと思うんだが」
「確かに勤務条件という点では王都の方がいいでしょうね」レイクは頷いた。
「ですが、僕は単なる条件だけで働く場所を決めるつもりはありませんよ。ミストヴィルは僕の生まれ故郷ですから、僕はこの街に留まることで故郷に恩返しがしたいんですよ」
この言葉を聞いた住民はいたく感心した。レイクは自らの待遇よりも、故郷への報恩を優先させている。その献身的な姿勢は住民から賛美され、彼はますます時の人として崇められるようになった。
「レイク先生は本当にすごい人だ。腕だけじゃなくて人格まで優れてるんだからな」
「本当、立派なお医者さんよね。きっとご両親の背中を見て育ったんでしょうね」
そんな風に称賛を浴びることはレイクとしても悪い気はしなかった。彼らの賛辞を聞いていると、夢破れた過去を忘れることができた。住民も、王都に移住する前のレイクがミストヴィルでどんな生活を送っていたかについては、頭から抜け落ちているようだった。当時から彼が医師を志していたわけではないことも、彼の両親が医師ではなく、別の仕事を担っていたことも。
それでいい、とレイクは考えた。過去は終わった。今の僕は医師だ。これからも医師として衆目を集め、人々から仰望される存在であり続ける。そうした生活を続けていれば、いつか古傷は完全に癒え、僕の記憶からも抜け落ちる日が来るだろう。
レイクはその日をいつまでも待つ気でいたし、たとえその日が到来しなかったとしてもミストヴィルに骨を埋めるつもりでいた。
ただそれは、自身の愛郷心や名誉欲以上にこの街に留まる理由があったからなのだが、それについては誰にも語るつもりはなかった。
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