6-3
孤高の魔術師グリムの噂は、瞬く間に王国中に広がった。
彼が扱うのは氷の魔法だけはないようで、ある者は炎を起こす場面を、ある者は大地を砕く場面を、ある者は風を呼ぶ場面を目撃したという。四元素の力を全て操る魔術師は彼の他におらず、彼は最強の魔術師としての地位を不動のものにしていた。
彼の噂は、クリスティアラ国王の耳にも届いていた。王はグリムの力を欲し、彼を自分の召し抱えとするために好条件を示した。居所として城の一室を与え、国中の珍味を食物として供し、欲しいだけの富を与えることを約した。そしてその見返りとして、自分のために魔力を使うことを求めた。
グリムは富にも贅沢な暮らしにも一切興味がなかったが、人間と関わりを持たずに済む、と言われて心が揺らいだ。王城での生活であれば、身の回りの世話は他人に任せ、自分は魔力の鍛錬に集中することができる。それはグリムにとって理想的な生活と言えた。
逡巡の末、グリムは国王の提案を受諾することにした。王は彼との約束を守り、寝心地のいい寝所と、珍味を使った食事、その他彼が欲しいものを何でも与えた。
ただ、グリム自身は富にも名誉にも興味がなく、何かを要望することは滅多になかった。彼が望んだことはただ一つ、人間に煩わされず、静かに生活を送ることだけだった。
王城での生活を始めて三十年、グリムは五十歳になっていた。
彼の生活に大きな変化はなかった。基本的に王城から出ず、部屋で魔術書を読むか、中庭で魔力の鍛錬をして過ごす。食事は召使いが部屋に運んできたが、給仕を済ませれば一言も言わずに立ち去った。必要な物資があれば紙に書いて書箱に入れておき、後日、それを見た召使いが同じ場所にその物資を入れておいた。一日のうちに誰とも会話をしないことも珍しくなく、人間と関わらないその生活にグリムは心地よさを感じていた。
ただ、歳月が経つにつれ、そうした生活に空虚さを感じるようになったのも事実だ。
人々はグリムの圧倒的な魔力と、彼の人間嫌いの性格に恐れをなし、誰一人として彼に近づこうとしなかった。魔術師でさえもそれは例外ではなく、彼に畏敬の念を向けはするものの、教えを乞おうとするものは一人もいなかった。唯一彼を求めたのは王だが、それもグリムの魔力があってのことだ。彼自身を求めていたわけではない。
鏡に映る自分の姿が変化するたび、グリムは心にある虚無が肥大化していくのを感じていた。
王城にきたばかりの頃は黒々としていた髪には白いものが混じり始め、浅黒い肌には幾重にも皺が刻まれている。魔術師といえども老化からは逃れられず、変化する顔貌は否が応でも時の流れを感じさせる。後十年もすれば、毛髪は一本残らず白く染まり、肌は皺で弛んで見る影もなくなっているだろう。その時も自分はこの王城で一人きりの生活を送っているのだろうか。誰かに悼まれることもなく、孤独のうちに生を終えるのだろうか。
しばらく追想に耽っていたグリムだが、やがてかぶりを振って考えを打ち払った。くだらぬ思考に時間を費やしてしまった。感情に囚われるなど、愚劣な人間の所業でしかない。我は崇高なる魔術師。孤高に生き、孤高に往生を遂げる。それは宿命ではないか。
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