6-2

 闘技大会終了後は、参加者を招いて祝賀会を開くのが慣例となっている。ここでは勝者と敗者の別はなく、誰もが立場を越えて歓談することを許されている。実際、会場の至るところで参加者たちは杯を片手に談笑しており、各々の試合を振り返りながら互いの健闘を称え合っていた。


 グリムは一団には加わらず、部屋の片隅で一人酒を飲んでいた。ローブは身につけたままだったがフードは脱いでいたため、人々はようやく彼の顔貌を見ることができた。


 そこには若い男の姿があった。皺のない肌からすればまだ二十代くらいだろうが、その実老成した雰囲気を漂わせている。肌は浅黒く、双眸は研がれた刃のように鋭い。眼光だけで誰かを殺傷することさえできそうだ。髪の色は黒で、一分の乱れもなく額の後ろに流されている。飾るところのないその髪型もまた、年齢の以上の従容と貫禄を彼に与えていた。


 グリムは険しい顔で前方の壁を見つめている。彼の目には、談笑する人々の姿は映っていなかった。いや、意図的に遮断していたと言った方がいい。彼は人との交わりを好まず、まして雑談など徒爾でしかないと考えていた。この祝賀会に参加したのも、優勝者という立場である以上やむなく承諾しただけで、歓談を楽しむ気は毛頭なかった。


「よう、お前がグリムか?」


 声をかけられてグリムは一瞥をくれる。腰に剣を佩いた二人組の男が杯を片手に立っている。記憶にはなかったが、おそらく闘技大会の参加者だろう。


「さっきの試合、見てたぜ。いやー驚いたよ。あのゴードンを一瞬で氷漬けにしちまうんだからなぁ!」

「あいつは優勝してから調子に乗ってたからな。倒してくれて清々したぜ!」


 男二人が気さくに話しかけてくるが、グリムは返事をしなかった。自分はただ、己が魔力を試すために大会に参加しただけのこと。人間の感想など知ったことではない。


「なぁ、どうやってあいつを凍らせたんだ? 客席で見ててもよくわからなくてさ。教えてくれよ」


 グリムに無視されても気にせずに男が話しかけてくる。グリムはだんまりを決め込もうとしたが、男が彼の肩に手を乗せようとした瞬間に血相を変えた。


「触るな! 人間風情が我に触れるなど……身の程知らずも甚だしい!」


 叩きつけるように男の手を振り払う。男もさすがに癪に障ったのか、眉間に皺を寄せてグリムを睨みつけてきた。


「何だよその態度は? 優勝者したからって調子乗ってんのか?」


「違う。我は魔術師だ。魔術師は人間の上に立つ存在。扱いに差が出るのは当然だ」


「はぁ? 何言ってんだてめぇ。魔術師がそんなに偉いのかよ?」


「当然だ。魔術師は、神より魔力を授けられし崇高なる存在。貴様ら人間など足下にも及ばぬのだからな」


「さっきから訳のわからねぇこと言いやがって……。いい気になってんじゃねぇぞ!」


 いきり立った男がグリムのローブの胸倉を掴む。周りにいた人々も騒ぎに気づいてこちらを見た。男は怒りで顔を真っ赤にし、今にもグリムに殴りかかろうとする。


「我に手を出してよいのか? 我に刃向かえばどうなるか、貴様はよく知っているはずだがな」


 グリムの冷ややかな声が男を制する。氷漬けにされたゴードンの姿を思い出したのだろう、男はグリムを睨みつけたが、殴りつけることはしなかった。


「貴様らごとき人間が視界に入るだけで虫唾が走る。今すぐ消えてもらおうか」


 グリムの言葉に男は歯噛みしたが、やはり手を出すことはできなかった。彼の胸倉から手を離し、相方を連れて離れていく。騒動を見守っていた人々もグリムから距離を取り、潮が引いたように彼の周囲には人がいなくなった。


 邪魔者から解放されたグリムは、ゆっくりと杯を持ち上げた。豊かな味わいが口腔に広がる。悪くない。酒は一人で味わってこそ美味なもの。雑話など元より不要なのだ。

 グリムは一人ほくそ笑むと、ゆっくりと酒を味わい始めた。彼の酒宴を妨害する者は、その後一人も現れなかったと言う。

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