5-12

 ルークの店を後にしたレイクは、一人王都を歩いていた。今日の空は快晴で、水晶の街並みはいつも以上に煌びやかな様相を呈している。

 だが、その美しい街並みを見ても、レイクの心は少しも晴れることがなかった。


 ルークのことを思い出す。彼には悪いことをしたと思う。丹精込めて指輪を作ってくれたというのに、その努力を水泡に帰してしまったのだから。指輪を渡せなかったにしても、せめて事情を説明するべきだった。

 だけど、いったいどう話せばいいと言うのだろう。忘れかけていた妬心が再発し、修羅の炎が燃え上がったと打ち明けるのか? 自分を崇拝してくれているあの少年のような青年に、そんな醜く弱い一面を見せられるはずがない。


 あの後もリビラと会う機会はあったが、表面上は関係に変化はなかった。シリカのことが話題に上ることもなく、他愛もない言葉を重ね、抱擁と接吻を交わす日々。

 だけど、そうやって愛を交わしてはいても、一度開いた溝は容易に埋まりそうにはなかった。


 それでもリビラとの関係を解消しようとは思わなかったのは、自分が修羅に呑まれること以上に、彼女を失うことを恐れていたからだろう。

 この五年間で、リビラが自分にとってなくてはならない存在だということは痛感している。一時の感情で、彼女と築き上げてきた時間を無に帰することができるはずもない。今は決心がつかずとも、いずれ感情が鎮まれば、再び彼女と人生を共に歩みたいと願う日が来るだろう。

 例えばそう、あと一年経ち、シリカが氷結召喚フリージング・サモンを使えるようになれば、リビラが妹を叱責する機会も減るはず。そうすれば自分の劣等感が再発することもなく、今まで通りの穏やかな生活を送ることができるだろう。


 だから今は待とう。この醜い感情が、彼女への愛へ変わるその時まで。僕と彼女の関係があれば、必ずやこの修羅を克服することができるはずだ。


 レイクは決意を固めると、ゆっくりと歩みを再開した。水晶の連なる王都の街並みを抜け、まっすぐに東にある故郷へと向かう。


 ミストヴィル。水の流れる美しい街。自分とリビラが出会い、共に生きてきた大切な場所。そこで紡ぐ新しい日々が、この古傷を癒やしてくれることを願って。











 これは、遠い過去の記憶。水に溶けゆく、雫の追憶。


 レイクがかの老人と出会う、一年前の出来事である。




[一年前 ―契り― 了]

[雫の追憶 ―了―]


※レイクの物語はこれで完結。この後、別の人物の物語がもう一編あります。

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