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「ですが……奇妙ですね。僕がここで暮らしていたのは七年ほど前のことですが、その時にはもっと水晶魔術師は大勢いたと思うのですが」レイクが口元に手を当てて言った。


「ええ。昔はそうだったみたいですね。でも、今から二年くらい前に賊が大挙して攻めてきたことがあって、そこで全員戦死してしまったんです」


「では……もしやあなたのご両親も?」


「……ええ、父も母も他界しました。残っているのはあたしと妹だけです」


「そうですか……」


 突然蘇った過去に、レイクはどう反応すればよいかわからなかった。この女性は気づいているのだろうか。その戦死した水晶魔術師クリスタル・マジシャンの中に、レイクの両親も含まれていたことを。


「では、今この街にいる水晶魔術師はあなたと妹さんだけなのですか?」


「妹は水晶魔術師じゃありません。あの子はまだ十一歳ですし、魔力も弱い。将来的にも水晶魔術師になるのは無理だと思います」


「では、今はあなたがお一人で街を守っていると?」


「ええ……。って言ってもさっきも言った通り、まだ術が上手く使えないので、街の人にも一緒に戦ってもらってます。魔力があるくせに人に助けてもらうなんて、情けないとは思いますけど……」


「人の手を借りるのは恥ずかしいことではないと思いますよ。ましてあなたはまだお若い。自分の力だけで問題の解決を図るのは賢明ではないように思いますが」


「ええ……。長老にも同じことを言われました。あたしは人を頼らなさすぎるって……。

 でもしょうがないんです。だってあたしは魔力を持って生まれた。魔力を持つ者は、その力を人のために役立てることが使命……。あたしは両親からそう教わってきました。だからいつまでも助けられるだけじゃいけない。一日でも早く一人前になって、この街を守らなきゃいけないんです」


 自分に言い聞かせるように女性は真剣な顔で言った。そのまま立ち上がり、机に置かれた軟膏と包帯を受け取ると、レイクに向き直って頭を下げた。


「時間外なのに診察してもらってすみませんでした。でもおかげで気持ちが楽になりました。やっぱり評判通りの名医ですね、レイク先生は」


 そう言ってにっこり笑った女性は、最初に見た時とは違って快活そうな印象を与えた。レイクはそれを見て小さく息を吞んだが、すぐに元の冷静な表情に戻った。


「じゃ、これで失礼します。薬は大事に使わせてもらいますね」


 女性が一礼して診察室を出て行く。レイクは呆然と立ったまま彼女の背中を見送った。カランカランという音を立てて扉が閉まり、静寂が室内を包み込む。


 一人になったレイクは、なぜか自分の心が乱れていることに気づいた。

 普段はどんなに厄介な患者を相手にしても冷静でいられるのに。どうして彼女が相手だとこれほど動揺を覚えるのだろう。彼女が水晶魔術師で、封印したはずの記憶と感情が呼び覚まされたからだろうか。


 だが、それだけではないとレイクは思った。あの女性にはどこか気にかかるところがあった。自分の力を役立てたいという一途な願い、街を守らねばという責任感の強さ、そして快活そうな笑顔の裏に一瞬だけ見えた、不安げな表情――。それが不思議とレイクの心を摑んで離さなかった。


 レイクはしばらく彼女のことを考えていたが、そこでふと、彼女の名前を聞くのを忘れたことに気づいた。正規の患者ではなかったためうっかりしていた。これではカルテを作成することができない。

 いや、それ以上に、レイクは個人として、彼女の名前が知りたかった。


 名前だけではなく、彼女のことがもっと知りたかった。

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