3-10

「じゃ、あんたはそろそろ寝なさい。遅くまで勉強して疲れたでしょ?」


「うん。実は私すっごく眠くて……。ベッド入ったら一分くらいで寝ちゃいそう」


 言っている傍からシリカが手に口を当てて大欠伸をする。安心と疲れが一度に出たのだろう。リビラは家の中にシリカを入れてやり、彼女を寝室まで連れて行ってから玄関にいるレイクの元まで戻ってきた。彼の顔を見上げて微笑みかける。


「レイク、シリカのこと送ってくれてありがとね。それにあの子に薬学を教えてくれて、おかげでシリカも喜んでたわ」


「それはよかった。彼女が喜ぶ顔を見るのは僕としても嬉しいからね」


「でもあんたの方は大丈夫だった? 普通にしてても忙しいのにあの子の面倒まで見てもらっちゃって。仕事、立て込んでるんじゃない?」


「確かに忙しくはある。だが、そもそも彼女に薬学を教えると言い出したのは僕だ。彼女が無理を言ったわけではないよ」


「あら、そうなの? あたし、てっきりあの子があんたにねだったと思ってたんだけど」


「彼女は何もねだりはしなかったさ。ただ薬学に興味を示していただけでね。だがそれも全ては君のためだったんだ。シリカはいつだって君のことを考えているんだよ、リビラ」


「そう……。本当、よかったわ。あの子がまっすぐに育ってくれて」


 リビラが遠い目をしながら口元を緩める。両親が不在という環境の中で、シリカが擦れずに育ってくれるか、リビラは気が気ではなかったのだろう。だけど、リビラの育て方が間違っていなかったことは、今の素直なシリカを見ていればよくわかる。


「あまり気負いすぎない方がいいよ、リビラ。前からそうだが、君は物事を一人で抱え込みすぎだ。もっと他人の手を借りることを覚えた方がいい」


「ええ……。親がいなくなった時もみんなそう言ってくれたわ。困ったことがあったらいつでも頼ってくれていいって。でもつい自分で何とかしなきゃって思っちゃうのよね」


「自分一人で物事を解決しようとするのは君の悪い癖だよ、リビラ。僕のことだってもっと頼ってくれていいんだ。僕にとっても、シリカは妹のようなものだからね」


「あら、そう? あたしの知らないところで随分仲良くなったみたいね?」リビラが意味ありげに眉を上げる。


「何せここ半年ほど毎日のように薬学を教えていたからね。自然と親しくもなるさ」


「そう……。あたしとは二、三週間に一回くらいしか会ってくれないのに、あの子とは毎日会ってたってわけ。もしかして心変わりしたのかしら?」


「どうだろうね。シリカは可愛らしくていい子だから、気の強い誰かさんよりと一緒にいるよりも癒やされると考えたのかもしれないよ」


「あーら失礼ね。今日も二人で遅くまでどんな話をしてたのかしら?」


「それは僕達二人だけの秘密だよ。知りたいならシリカの口から聞くといい」


「そうするわ。あーあ、にしても妹がライバルなんて嫌ね。こんなことなら薬学の勉強なんてさせるんじゃなかったわ」


 リビラが言って大袈裟に肩を竦めて見せる。こんな風に軽口を叩き合うのも随分と久しぶりだった。振りとはいえ、悋気りんきを見せるリビラがレイクは無性に愛おしくなり、このまま彼女を抱きしめて接吻してやりたくなった。

 だがここは住宅街の玄関先。深夜とはいえ誰かが窓から見ている可能性もあり、欲情のままに行動するわけにはいかない。それに仕事も山積みであり、名残惜しいがこの辺りで立ち去るしかないだろう。

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