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 それから事が進むのに時間はかからなかった。診察室で口唇と身体を絡ませ合った後、二人は場所を寝台に移した。入院患者はおらず、誰かに見られることも、目的外使用を咎められることもない。だから二人は安心して生まれたままの格好をさらし、お互いの肌と体温を直に感じることができた。


 身体の隅から隅まで接吻を刻印し、相手の骨の形状まで記憶するように肌の上に手を滑らせる。互いの性を感じさせる部分に手を伸ばし、そこから相手の存在を感じ取るかのように愛撫することを繰り返す。全身がじっとりと汗ばんでいくが、その汗すらも掬い取ろうとするかのように指先が身体中を駆け回る。身体を覆う熱は時間が経つごとに高まっていって、部屋全体が熱帯に飛ばされてしまったかのように思えた。


 リビラとの情交はこれが初めてではない。互いの家で、時には診療所で、数えきれないほどお互いの存在を確かめ合ってきた。初めてその肌に触れた時には、まるで宝物を前にした時のような恍惚とした感覚を抱いたものだ。

 三年前、自分達が交際を始める前には触れることはおろか、見ることすらも叶わなかったあらゆる部位に、今なら遠慮なく触れることができた。細い身体に付いた凹凸も、時折喉の奥から漏れ出す嬌声も何もかもが愛おしく、レイクは飽くことなくリビラを求めた。


 それはリビラも同じだった。レイクの身体は細身で、筋肉や厚い胸板といった逞しさからはかけ離れていたが、それでもリビラは彼の中に異性を感じ取っていた。冷涼な薄青の瞳も、薬品の匂いが混じった身体の匂いも、自分を愛撫するたびに硬く引き締まる男根も、彼の存在を感じられるものならどんなものでも欲しくてたまらなかった。


 リビラが何より愛したのはレイクの指だった。彼の細い指先はまるで職人のように繊細で、その指が肌をなぞるたびに身体中に静電気が走ったような感覚がした。


 やはり三年前、彼が手袋越しではあるが自分の頬や身体に触れてきた時、リビラは直感的に、もっと他の部分にも触れてほしいと思った。自分のもっと深く、根源的な場所に。だけど、彼が自分をどう思っているかわからず、軽い女だと思われるのも嫌だったので過度に誘いをかけることもできなかった。

 それが今や、手袋なしで直に彼に触れられ、顔から髪から身体から、あらゆる場所でその指先を感じることができる。それはリビラに悪夢の恐怖を一時忘れさせ、彼女を至福の楽園へと誘った。


 長い時間をかけて事の終わりを迎え、二人は向かい合う格好で寝台に横たわっていた。倦怠感が全身を包み、寝返りを打つことさえもどかしい。いつもはここまで疲労を覚えることはないのだが、今日は気力を使い果たしてしまっていた。悪夢を振り払おうとするリビラの心が、交わりに平時以上の激烈さを加えていたのだろうか。


「……やっぱりあんたは名医ね、レイク先生」


 リビラがぽつりと呟いた。乱れた長い髪が身体の上に波模様を描き、顔にも髪が一房落ちている。レイクは片手で彼女の顔にかかった髪をどかし、そのまま彼女の背中に手を当てた。


「悪夢を見た後はあんなに怖がってたのに、そんなこと忘れるくらい気分が上がっちゃったもの……。カウンセリングだけじゃなくって、手術もお手の物ってことかしら?」


 冗談めかしたリビラの口調は平時のものに戻っていた。だからレイクも安心し、微笑みを浮かべて軽口を返した。


「君の方こそ、氷の魔術師という割には随分と情熱的だったようだ。おかげで僕まで熱が上がってしまったよ」


「そう。なら看病してあげないとね。今度はあたしの家でどう?」


「遠慮しておくよ。君に任せたら余計に熱が上がりそうだ」


「上がっても冷やしてあげるから問題ないわ。氷なら魔法ですぐに作れるもの」


 リビラが頬を緩めてふふっと笑う。すっかり悪夢の恐怖は払われたようだ。甘やかな会話がまた愛おしく、レイクは目を細めてリビラの髪を指先で撫でた。

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