8月30日 ゲーム③
× × ×
アパートに戻ると、僕の友達が死んだ魚のような目でカードをシャッフルしていた。
対面の叔父さんは卓上の金貨カードを眺めている。こちらに見向きもしないあたり相当疲れているみたいだ。
2人が名作デッキビルドゲーム『ドミニオン』で遊んでいるのも、頻繁に山札シャッフルを強いられる=身体を動かすことで目を覚ますという狙いがあるのだろう。あれは親指の付け根が擦り切れそうになるまでシャッフルを繰り返すゲームだし。
スマホの時計は午後1時過ぎを指していた。『満漢全席』開始から約36時間が経過したことになる。
僕は
「よいしょっと。庄司も何か食べてきたら?」
「そうさせてもらうわ。久々に『
「庄司君」
外に出ていこうとする庄司を叔父さんが呼び止める。
その手には1万円札が2枚握られていた。
「すまないが、ついでに梅田のヨドバシカメラで新品のボードゲームを仕入れてきてくれないか」
「えっ……オレがですか?」
「
「オレ、ゲームのこと何にもわかんねえッスよ」
「そのほうが普段やらないゲームに当たりやすいと思ってな。残り30時間、新しい風で乗りきりたい。ああ。釣りはラーメンの替え玉代にするといい」
「了解しました!」
叔父さんから紙幣を受け取り、短髪の男子は笑顔で敬礼を返した。我が校ではアルバイトが禁止されており、大半の生徒は慢性的に金欠なのだ。
ドタドタと玄関から出ていく男子を見送りつつ。
僕は手元の金貨を支払い、卓上に残っていた最後の『属州』を手に入れた。
ゲーム終了。
各プレーヤーの山札をバラして得点計算に入る。
その結果はぶっちゃけどうでもいいとして、次にやるゲームは……『バロニィ』か。
たしかに叔父さんのコレクションは遊び尽くしてしまった感じだ。
そうなると庄司の「仕入れ」が気になってくる。
あいつ、調子に乗って阿呆なものを買わなきゃいいけど。
× × ×
新しい風は遊び心に満ちていた。
どちらかといえば理屈っぽいゲームを好む叔父さんに対し、庄司が仕入れてきたゲームはみんなでワイワイできるものが多かった。
例えば『ジャストワン』という協力ゲームでは1人の回答者にみんなでヒントを出し合い、正答に導いていくのだが、他人と同じヒントを出してしまうと失格となる。
ゆえに他者と被らない、絶妙なヒントの提示が求められる。これがまた難しい。
『お題:パスタ』
「イタリア」「麺類」「イタリア」
こうなると回答者には麺類というヒントしか伝わらず、僕は「うどん」と答えてしまった。
挙げ句の果てに『お題:杖』の時には全員がハリーポッターにおける最強の杖の名を出してしまい、回答者の叔父さんは何もわからん! と頭を抱えるはめになった。
他にも音楽センスを問う『ディスクカバー』など変わり種のパーティーゲームが卓上を彩り、僕たちは夕方まで騒がしい時間を過ごすことが出来た。
ちなみに案の定、各人の肉体接触を前提とする『ツイスター』もビニール袋の中に入っていたので、庄司には罰として叔父さんとの2人対戦を遊んでもらった。案外楽しかったらしい。
「蒼芝と石生もやってみろよ。良い運動になったぞ」
「やるわけないだろタコ」
「そうか、おっちゃん抜きだと意味ねえもんな。おっちゃんもどうです?」
「勘弁してくれ」
叔父さんは
傍らでは石生が「同級生3人でやりたいな~」と呟き、阿呆が目をキラキラさせていたが、多分お前の思っているような単純な意味ではない。
× × ×
開け放した玄関扉から夜風が吹き込んでくる。
帰路に向かう同級生たちを見送った僕は、リビングの卓上に積まれた「新たな風」たちをビニール袋に入れた。
壁際の木棚には隙間が見当たらない。仕方なく叔父さんの部屋に
叔父さんにはソロプレイ用の『ロビンソン・クルーソー』をプレイしてもらっている。
時刻は午後9時を回りつつあった。
苦行の残り時間もあと1日を切った。叔父さんによれば、ここからが正念場だという。
3日連続での徹夜。次第に身体が言うことを聞かなくなるらしく、下を向いていたら叩き起こしてくれと言われている。
実際、更衣室から出てみると叔父さんは前後に船を漕ぎつつあった。
「叔父さん!」
「ん……ああ。すまん」
まだ意識はあるみたいだ。
たしかルールブックの補足では5分以上のプレイ停止が睡眠扱いだったはず。ギリギリセーフかな。急いで出てきて良かった。
僕はバスタオルで髪の毛を揉みくちゃにする。少し毛先が伸びたせいか、すぐには乾かない。
叔父さんは定期的に意識を失いそうになっている。僕の地ならしで現実に戻ってきてもらったが、どうしよう。
このままだと睡魔を退治しきれない。そのうちテーブルに頭ごと突っ伏し、そのまま明日まで無反応という結果もあり得る。
かといって今からパーティーゲームをするのは近所迷惑だし。
2人きりでは盛り上げられる自信もない。
どうする小野蒼。
強い刺激を与える、フライパンで軽く頭を叩いてみるか。
本日3本目の『
いざとなれば……この指先で。背中に思いきり引っ掻いてやる。
「──おい! イサミ!」
突然玄関の方から大声が聞こえてくる。
ドタドタと複数人の足音。廊下からリビングに近づいてきたのは、恰幅の良い男性だった。
「鍵開けっぱなしだったぞ! どうしようもなく無用心だな!」
「おっ……来てくれたか」
来客の様相に叔父さんの口元が緩くなる。
彼らはボードゲーム同好会のOBたち。叔父さんの同級生だ。
以前の僕は来客が来るたびに自室に引きこもっていたため、いまいち名前と顔が一致しないが──たしか大東市在住の既婚者・
3人とも在学中に『満漢全席』を66時間耐えた男たちだ。
つまり「奇行」の持ち主でもある。
「全くいきなり呼びつけやがって。こっちはともかくよぉ、こいつらは関東なんだぞ」
「すまん。助かる」
「まっ……家族のためなら仕方ねえよなあ」
一番口うるさい小太りの男性が目線を向けてくる。薬指の指輪から察するに彼が川畑さんだろう。
しっかりしてそうな男性(多分公務員の大八木さん)が叔父さんの右側に座り、ボサボサ頭の童顔男性が左隣に腰を据える。こっちは三岡さんかな。
対面では川畑さんと、紅一点の山名さんが座布団の位置を整えていた。
「山名も来てくれたか」
「イサミ先輩のために一仕事終わらせてきましたから。さあ徹夜くらい全然付き合いますよ。あたしは明日有給休暇なんで!」
「うわー山名ちゃんも働くような年かぁー」
山名さんの台詞になぜか川畑さんがショックを受けている。
そりゃあんたらの1つ下なんだから働いてるでしょうに。
そんなニュアンスの呆れ顔と、ふと目が合った。
「へへ」
頼もしいウインクに僕は勇気づけられる。
気づけば叔父さんは
よし。行ける。
夜を越えられる。
さっそくとばかりに川畑さんが鞄からチューハイの缶を出してきた。
「よぉし。再会を祝して朝まで呑むぞぉ!」
「うおおおっ!!」
尾藤家以外の面子が雄叫びを上げる。
僕は途端に不安になってきた。
一応、自分も朝まで起きていたほうが良さそうだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます