4月6日 ・・・・・・・


     × × ×     


 2024年4月6日。

 土曜出勤を午前中で切り上げた叔父さんは、大学時代の友人・川畑かわばたさんをアパートに呼びつけていた。

 どうやら明日の『対戦』に向けて、手札の厳選を行うつもりらしい。

 叔父さんは架空の手札を弄りながら笑みを浮かべる。


「我ながら名案だ。こうして川畑に『対戦』を仕掛ければ、いくらでも山札を引くことができる」

「1枚引くために防御カードを捨てまくっていいのか? あの女子大生の猛攻を捌ききれなくなりそうだが」

「大丈夫だ。今日のために防御カードに変化しそうなカードを貯めておいた。それにドロー用の呪文カードもある。全部入れ替えたいとは言わないが、オレとしては出来るだけ強力な手札を厳選したい」

「まあ、イサミが納得するまで勝手にやってくれ。こっちはパスを宣言するだけだ」

「おう」


 両者は目に見えない友情で結ばれ、目に見えないカードを操っていた。

 そんな男たちの様子を山名やまなさんが座布団の上から見守っている。手持ちぶさたなのか、彼女が持ち込んできた『ナンジャモンジャ』というパーティゲームのカードをめくりながら。

 あのゲームはどちらかといえば多人数向けらしい。


 僕は英語の復習に集中できず、一人で出かけることにした。しばし気分転換と洒落込もう。


「行ってきます」

あお。買い物ならポテチを補充しておいてくれ。いつものハーフナー印でいい」

「公園の辺りを歩いてくるだけだよ」

「あの辺にもセブイレあるだろ。あと今日は蒸し暑いぞ。ジャージの上着はやめとけ」

「わかってる」


 僕は叔父さんの忠告を玄関の鉄扉で遮る。アパートの外階段を下りると、天気予報と寸分違わない灰色の空が広がっていた。

 路地を少し歩けば、目的地の細長い公園が見えてくる。


 鷺洲中公園さぎすなかこうえんを訪れるのは去年の夏以来だ。あの時は女子になったことを受け入れられず、ノーブラで外出したら浮き出た乳首を近くの子供に指摘される等の恥辱を味わうはめになった。

 あれから山名さんにブラキャミを教えてもらい、ユニバに行く前の「おめかし」で初めてスポブラを身につけ、今となっては石生に肌着を選んでもらう程度には慣れてしまった。

 だからといって自分から積極的に女物の衣類を身につけようとは思わないし、今も学校指定のワイシャツに袖を通している。


 僕は公園のベンチに腰掛けた。

 膝の上に単語帳を広げてみるも、いまいち頭に入ってこない。どうにもそわそわしてしまう。

 やはり自分も明日のことが気になっているらしい。


 叔父さんは全力で京極きょうごくさんを叩きのめすつもりだ。京極さんも同様だろう。

 彼らの『対戦』の結果については正直どうでもいい。どちらが勝利を収めようが、多分「ヒリヒリして楽しかった」で終わる。


 問題は観客の方にある。すなわち山名さんが──叔父さんの恋人となった彼女が、好きな男と(ある意味で)特別な関係にある女子大生を許容できるとは考えづらい。必ず一線を引こうと牽制球を投げるはずだ。

 仮に山名さんから「あたしの彼氏に二度と近づかないで」なんて言葉が出てきたら。

 京極さんの狂気が何を引き起こすのか。あの人のことだ。おそらく『対戦』相手の確保のためなら手段を選ばない。

 それこそ、咄嗟の判断で僕の側頭部から『効果カード』を抜き取った上で「返して欲しければ来週も対戦しなさい」などと言い出しかねない。本気でありえる。


「となると……明日は叔父さんに勝ってもらわないとなあ」


 さすがの京極さんも『精神力コマ』を全損した状態では凶行に走れまい。


 僕はベンチから立ち上がる。

 近くのコンビニでハーフナー印のポテトチップスを手に入れないと。

 ひょっとしたら今日ポテトチップスを食べることで、叔父さんのステータスが上がったりするかもしれないし。例えば攻撃力が1上がるとか。

 もはやボードゲームというよりRPGみたいになってきたが、カードの引き次第では十分ありえる話だから「奇行」は奥深い。

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