4月6日 ・・・・・・・ 例のカード


     × × ×     


 ギュム太郎。タワシマン。ダイソー。桃色侍。ユウスケ。

 ビニール袋を片手にアパートまで戻ってくると、叔父さんたちがカードをめくるたびに謎の名前を叫んでいた。

 どうやら先ほど山名やまなさんが用意していた『ナンジャモンジャ』というゲームに興じているらしい。


 僕が玄関先で「ただいま」と呟き、台所の冷蔵庫にコーラを入れるまでの間に、大まかなルールは理解できた。

 山札をめくって出てきた奇妙なデザインのモンスターたちに即興で名前を付けていき、同じ柄のカードが出てきた時に一番早く名前を叫んだプレーヤーがカードを手に入れられる。たくさんカードを集めた者が勝者となる。

 単純ながら面白そうな遊びだった。

 短時間で終わるのもライトゲームらしい部分だ。


 叔父さんは手元のカードを中央に戻しつつ、こちらに手のひらを向けてくる。


「蒼。至急ポテチと割り箸をくれ。お前も『ナンジャモンジャ』やろう」

「別に良いけど。明日の準備は終わったの?」

「終わった終わった。完璧な戦略を立てたぞ。攻撃カードを4枚揃えた。京極に呪文を唱える隙を与えない。川畑かわばたに言わせれば『対戦』は攻撃・防御・呪文のジャンケンだが、唯一攻撃だけはデメリットがなくてな」

「よくわかんないけどさ、単純な殴り合いになると元々の『精神力コマ』が少ない叔父さんが不利なんじゃないの」

「そうなんだよ……」「そこなんだよな……」


 叔父さんと川畑さんが悔しそうにため息をついた。

 たしか手札の数も京極きょうごくさんのほうが2枚多かったはずだ。こういう不公平なルールを生み出すあたりに相手の性格が少しばかり見え隠れする。


「その代わり、イサミ先輩は川畑先輩と手札の厳選が出来るじゃないですか。あっちの子は山札頼みなんでしょ」

「ああ。山名の言うとおり。仲間の応援が力になる……漫画の主人公になった気分で良いもんだな」

「イサミ先輩が勝てば祝勝会。負けたら別れ話になりますね」


 山名さんが涼しい顔でさらりと言ってのけるものだから、必勝を迫られた叔父さんの反応は数秒遅れとなった。

 その間に彼女の手の中で『ナンジャモンジャ』のカードがまとめられていく。テーブルの上に山札が形作られる。


 叔父さんは手持ちの割り箸を不揃いに割っていた。


「おいおい。山名。なんでそうなる。京極光とはそういう関係じゃないと言っただろ」

「あたし、けっこう独占欲強い方なんで。イサミ先輩が勝って、あの子の側頭部に『例のカード』を挿し込むくらいしてくれないと。不安で夜も眠れないかも」

「さすがにそれは相手の同意が無いとだな……そうだ。そのカードを蒼に預けたいんだった」


 叔父さんはごまかすように手を叩き、何やらこちらの耳元に手を伸ばしてくる。

 僕は反射的に抵抗を試みたが、相手は日頃から工場や外回りで動き回っているだけあって、力の差は歴然だった。

 見えない何かが側頭部に挿し込まれてしまう。


「すまないな。枚数制限の都合で俺の手札には入れておけん。自分の頭に突っ込んだら、それこそ『対戦』どころではなくなる」

「叔父さん……今、挿し込んだのは『山札を残り2枚にする』のカードで合ってる?」

「そうだ。例のカードだ」


 叔父さんが神妙な面持ちになる。

 例のカード。3日ほど前に山札から出てきたという効果カードには、山札切れを誘発する効果が記されていた。

 すなわち夏休みの時と同様にゲーム終了──「奇行」の終わりを引き起こすということだ。

 叔父さんはこのカードの力で「常人まとも」になろうと考えていた。ぼくの身体を完全に男性に戻してから、山名さんと新たな一歩を踏み出すために。

 もっとも山名さんとしては恋敵の京極さんから「奇行」を取り去ることで、相手と叔父さんのつながりを断ちたいようだが……それはさておき。


 僕は目の前に浮かび上がってきた謎の現象に戸惑いを隠せないでいた。

 拡張現実ツールのような形で視界に追随してくる、半透明の薄い板──叔父さんの手元にも同様の札が並んでおり、もはや答えが出てしまっている。

 これが「奇行」保有者の世界。架空のカードが見える風景なのか。

 ぶっちゃけ気が散って仕方ない。


「叔父さん。急にカードが見えるようになったんだけど」

「おおっ!? そうか。元々山札を持たない人間にも『山札残り2枚』は適用されるわけだ。そりゃ良かったな!」

「何も良くないよ!!」

「お、怒らなくても良いだろ。申し訳ないが明日までガマンしてくれ。触れなければ何も起きないはずだ」

「あっち向いてもこっち向いても残り2枚の山札が見えちゃって、すごい邪魔なんだけど!」

「わかるわかる」「だよなー」


 叔父さんと川畑さんが「あるある」とばかりに笑顔でうなづいてくる。

 自分としてはこんな人たちと同類にはなりたくない。

 山札がチラつくたびに焦点を合わせそうになって目が混乱しそうになるし。目をつぶってもまぶたの裏に山札が映し出される。本気で嫌すぎる。


 ひとまず叔父さんに側頭部を向けて無言で抜くように迫ってみたが、なぜかもう1枚のほうを抜かれてしまい、おまけにバランスを崩したせいで叔父さんのほうに倒れ込んでしまった上、おそらく偶然だが、思いっきり手の平で胸を揉まれてしまった。

 そこから先は大喧嘩になった。


「すまんあお! 頭に挿したままだと文面が読みづらくてだな、すぐに男に戻してやるから引っ掻かないでくれ! 叩くのもやめい!」

「叔父さんの阿呆! 叔父さんからセクハラされたって母さんに訴えてやる!」

「それだけは本当に勘弁してくれ! 小町こまち姉さんに殺されちまう!」


 一通りギャーギャーと叫び続け、気分が落ちつくまで数分ほど掛かってしまった。我ながら人前で恥ずかしい。

 僕は生温い表情の山名さんたちに頭を下げつつ、叔父さんから「さっきのポテチ代」という扱いで桁違いの金銭をいただいた。

 さらに4月中の掃除当番の免除を勝ち取ったので今の件については手打ちとする。多分偶然だし。多分。


 僕は項垂うなだれる叔父さんにポテチ代の一部を返すことにする。


「叔父さん。許してあげるから明日は勝ってよね」

「もちろんと言いたいところだが……今のあれこれで『精神力コマ』が3個ほど削れてしまってな」

「えっ」


 もしかして潔癖症の叔父さんに掃除当番の話をしたせいだろうか。

 あるいは甥との偶発的接触ラッキースケベに罪悪感を抱いたのか。

 どちらにしろ、周りの面子に出来ることはたった1つしかない。叔父さんの気力が全回復するまでボードゲームを続けよう。


 僕は山名さん・川畑さんと目配せする。

 みんなでテーブル上の山札をめくり、奇妙なモンスターにどんどん名前を付けていく。

 今夜は長くなりそうだ。

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