8月28日 ・・・◎◎◎◎◎ ユニバ②
× × ×
自分でも不思議な気分だった。今まで16年ほど生きてきて、自ら被写体になろうなんて考えたこともなかった。
僕たちは巨大なサメのモニュメントの前で適当にポーズを取る。石生は架空のショットガンで狙いを定め、
撮影は後ろの列に並んでいた大学生カップルにお願いした。パシャリ。
すかさず石生が後ろ髪を揺らし、スマホの回収ついでにお礼を告げに行く。
「ありがと~」
「いえいえ~」
石生に握手を求められたせいか、カップルの女性のほうが照れていた。ものすごく華のある奴に距離を詰められると誰でもドギマギするみたいだ。僕にも気持ちはよくわかる。
彼氏のほうも可憐な女子高生に興味を持っている様子だった。サングラス越しに石生をまじまじと見つめ、次いでこちらにも顔を向けてくる。
僕が咄嗟に顔を背けたら、彼の興味は
「羨ましいなあ。君。女子2人も連れてユニバなんて」
「へっへへ……実はこっちの可愛いほうが元カノで、あっちの美人なほうが今カノなんスよー」
坊っちゃん刈りの阿呆が、上目遣いで妄言を吐いた。
当然ながら大学生の兄さんは苦笑いするばかりで信じていない様子だ。そりゃそうですよね。
新設の「ゲームエリア」に向かうカップルに手を振り、いつもの3人でサメ映画のアトラクションに並ぶ。みんなで漁村の遊覧船に乗り込み、迫り来る人喰いサメから逃れるという内容だ。
待ち時間は約30分との表示が出ていた。つまり20分くらい
僕は待機列の柵にもたれかかりながら、先ほどの妄言を脳内で
「小野君、小野君。さっき庄司君から『可愛い』って言われてたね」
美人なほうと言われていた女子がこっそり耳打ちしてくる。
彼女の中では例の勝負(?)が続いていたらしい。彼女は少しわざとらしく目を伏せた。長い睫毛がお辞儀している。
「あ~あ。先制ゴール。決められちゃったな〜」
「石生ならハットトリックどころか10点くらい余裕だろ」
「ま〜あたし、庄司君の彼女らしいもんね。ひひひ。絶対にありえないのに」
石生が笑いながら口元を抑える。可憐な仕草がいちいち目を引いてくる。汗ばんだ前髪が貼りついたおでこに、緩んだ眉があまりに無邪気で、それゆえに「絶対」という言葉の強さが際立つ。
僕は唾を飲み込んだ。
自然と身構えてしまうのは流れ弾が飛んでくるかもしれないから。
芳しい匂い。僕の強張った身体に美少女が寄りかかってくる。柔らかく肩を抱かれ、耳に吐息がかかる。
「だって。庄司君が好きなのは絶対に小野君だもん」
「絶対にありえねえわ」
「え~」
石生がニコニコしながら指先で僕の頬を突いてくる。
何を言い出すかと思えば。どうも彼女は先日のカラオケでの一件を何だかんだで「本気」だったと勘違いしたまま今に至るらしい。
僕は何度も演技だと説明したのに。あいつが無駄に迫真の告白をかましてきたせいだ。
当の庄司は頭上のディスプレイを楽しげに指差していた。映画の紹介を兼ねた架空の村のプロモーションビデオが流れており、待機列が乗り場に近づくにつれてサメ襲来の前振りが目立つようになる。
映画の世界では来るはずのないものが必ず来る。
「おおっ。みなさんクマさんのお耳でお揃いですねー!」
「いえーい」
ユニバクルー特有の社交辞令に笑顔で応えつつ。
ようやく乗り込んだアトラクションでは庄司をボートの左端に追いやり、見事に爆発からの水しぶきを浴びせることに成功した。
おかげで僕たちも少なからず水滴の流れ弾を喰らってしまったが、かなりスッキリできた。
やっぱりユニバは楽しいな。
僕たちはボートから岸に上がる。石生にタオルを借りようとしたら、ずぶ濡れの庄司が割り込んできた。
「どう考えてもオレが先だろ
「なあ石生。こんなふうに僕からタオルを力づくで持っていく奴なんだよ。どう考えてもさ。ありえないじゃん」
「え~」
石生はカッターシャツの襟元をパタパタさせながら目を細める。
水分を含んだシャツが肌に張り付き、ほんのりと下着の線が浮かび上がっている。なにぶん大きいから目立ってしまう。
当然のように周りの男どもの注目を集めそうになる。
庄司がタオルを返却し、彼女の肩に掛けてやらなければ、こっそり写真を撮られたりしたかもしれない。
僕は対応の早さに感心する。おそらく庄司が誰よりもブラ透けに期待していたからこそ、誰よりも早く気づけたのだろう。
「危ねえ。オレらの女神に恥をかかせるところだった」
「ありがと~庄司君」
「元々石生のタオルだろ。おかげでオレのやりたいことリストも埋まったし。へっへへ。マジで楽しいなあ! ビバ・ユニバ!」
やっぱり期待していたらしい。
庄司にチラ見されたので、念のために僕も自分の胸元を確認しておく。なるほど。ベージュ色のスポーツブラを借りてよかった。いつもの寒色系のタンクトップだったら面倒なことになっていた。
「あはは」
僕は笑ってしまう。ピンチすら楽しめる。身体が全能感に突き上げられる。
ああ、これは枚方のプールに行った時と同じ感覚だ。気をつけないと歯止めが効かなくなってしまう。
× × ×
サメの村からジャングルエリアを抜け、サンフランシスコ地区でアイスクリームを、ニューヨーク地区で『赤蜘蛛男』の豚まんを手に入れる。
僕たちがあちこちで写真を撮ったり、腹ごしらえしているうちに人気アトラクションは早くも長蛇の列を為していた。
庄司がスマホで待ち時間を見ながら頭を掻く。
「しまった。どこも並びまくってやがる」
「初手でサメの村なんて行くからだろ。あそこ、いつも空いてるのに」
「蒼芝が珍しく写真撮りたいって言うから先にフォトスポット回ってんだぞ」
「それはありがとう。でもさ。お前だってSNSに女友達とユニバ来てます、って写真を速攻上げまくってたじゃん。めっちゃ自慢げに」
「つまり互いのやりたいことが合致した結果だな。いっそ今回アトラクションは捨てるか……?」
「2人とも。石生は『ハリドリ』乗りたいです」
彼女の
僕たちの姫君が求めていたのはスリルとスピードだった。
彼女の言う『ハリドリ』とは『ハリケーン・ドリーム・ミキサー・ザ・ライドTM』の略称で、映画の世界に上空から乱入してきたような形状のジェットコースターだ。
特定の映画を母体としておらず、迫力と楽しさのみを追求したアトラクションだが、非常に人気がある。それゆえにいつも行列が出来ている。
「今なら85分待ちだ。実際は1時間くらいか。こりゃ、おっちゃんに借りてきた『ito』の出番かもな」
「うん。みんなでやろやろ~」
庄司と石生が乗り気なら反対する理由なんてない。
僕も『ハリドリ』好きだし。
僕たちは先にトイレを済ませ、装備を整えてから迷路のように入り組んだ待機列に挑むことになった。
たった数分間のアトラクションのために1時間以上も並び続ける。テーマパークの宿命だが、お金を払えばショートカットできる仕組みがあるし、友達と一緒なら案外すぐに時間が過ぎたりする。
他の学生たちがスマホ片手に談笑しているのを尻目に、僕は『ito』の虹色の箱から中身を取り出す。中身といっても設問カードを1枚、数字チップを人数分用意するだけで事足りる。
得点ボードや労働者コマといった要素は存在しない。これなら歩きながらでもプレイできる。
ルール自体もいたってシンプルだ。各自に1枚ずつ配られた数字チップを全員で小さい順に並べていくだけ。
ただしチップを他プレイヤーに見せることは許されない。
では、どうやって並べるのか。
僕は設問カードの内容を読み上げる。
「えーと『子供に見せたい映画を答えろ』だって。1が見せたくない映画、100が見せたい映画になるみたい。ハイどうぞ」
「よし。だったらオレは大傑作『リメンバーミー』だ」
「あたしは『ノートルダムの鐘』」
映画の国で夢の国の作品名が続いてしまった。庄司と石生が互いを指差し合っている。仲良いなこいつら。
彼らの答えは子供向けアニメとして有名な作品だった。つまり子供に見せたい映画。おそらく彼らの掌中には100に近い数字チップが秘められている。
他人にはチップ自体を見せられないルールだが、設問に対する答えから大まかに数字を予想できる。
僕は手元の数字チップを確認する。17だった。
「僕はホラー映画の『イット・フォローズ』にする」
「知らねえ映画だが、ホラーなら見せたくねえよな。問題は『リメンバーミー』と『ノートルダムの鐘』のどちらが大きい数字か……ぶっちゃけ『ノートルダム』刺さらなくてなあ。ガキの頃に姉貴に見せられたけどよ」
「石生はどっちも大好き。決めらんないかも。小野君が選んで?」
彼女から順番決めを指名されてしまった。
僕は悩む。片方はテレビ放送で泣かされたことがあるが、もう片方は古すぎて名前しか知らない。
こういう時は回答者の属性を考えるべきだ。庄司は「大傑作」と作品を称えていたが、いつも大げさな奴なのでアテにならない。
一方の石生は夢の国を愛してやまない。彼女が手描き時代の夢の国アニメから、あえて1つ選んだ作品なのだから、相当のお気に入りと考えていいはず。
答えが出た。
「『イット・フェローズ』『リメンバーミー』『ノートルダムの鐘』の順番で行こう。2人ともチップを見せて」
「蒼芝が17、オレが83、石生が91……よっしゃあ!」
「大成功~!」
庄司がガッツポーズを見せる。石生が小さく飛び跳ねる。3人でハイタッチする。
上手くいってよかった。このゲームは上手く並べられた時の快感がたまらない。協力ゲームなので関係が険悪になりづらいのもいい。
仲間内で遊ぶと互いの価値観の差──例えば「コンビニの人気商品」など好みが分かれる部分を明かすことになり、かなり盛り上がる。
「ねえねえ小野君。他にはどんな設問があったの?」
「こんな感じだよ」
僕は石生に設問カードを見せた。1枚につき裏表合わせて計6問の記述があり、その中からお題を選ぶことになる。
ちなみに今回のカードは予備カードに叔父さんがマジックペンで手描きした1枚だったりする。前に仲間内の同窓会で遊びすぎたせいで新しい問題が尽きてしまったらしい。
「へえ~。おっ。小野君。これやらない?」
「遊園地で起きたら嬉しいハプニング……1が嬉しくない。100が嬉しい。めっちゃタイムリーなネタだね」
「良いでしょ~」
僕は楽しそうな石生に新しい数字チップを手渡した。庄司にも渡してやる。僕の手元には96が来た。
何だろう。全然思いつかないや。
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