8月26日~27日
× × ×
【8月26日 ◎◎◎◎◎◎】
2023年8月26日。
叔父さんは布団でよだれをたらしていた。
昨日は取引先と関係各所を飛び回り、なけなしの『精神力コマ』を使い果たしてしまったらしい。
僕はリビングに戻り、冷めたパンをかじる。
テレビでは台風の話が続いていた。何となく点けたり消したりしてしまう。昨日の件を思い出すたびに気が休まらない。
僕はパンの欠片を呑み込み、手持ちのスマホから世界を
梅田、人間、飛んでる。
梅田、人間、羽根。
検索ワードを組み合わせるたびに様々な反応が表示された。迫真の目撃証言、飛行する影を捉えた写真。謎の陰謀論。宣伝用のドローン説。
どれも
一部のニュースサイトでも原因不明の白昼夢・怪現象・イタズラの扱いだ。コメント欄にも個人の特定につながるような記述は見当たらなかった。
『おはよー
叔父さんの「奇行」をよく知る人でも飛行については半信半疑の様子だった。当たり前か。
僕は彼女のために脱衣所からボロボロのワイシャツを持ってくる。卓上に広げてみれば、肩甲骨と背骨の辺りに大きな穴が空いていた。
力強く押し破られた「
ワイシャツの写真を送ると数秒も経たないうちにメッセージが送られてきた。
『うわー』
『もはや魔法使いだね!』
『あたしを大学時代にタイムリープさせてくれないかな……』
僕は返答に詰まる。ひとまず適当なスタンプを返しておいた。
時間遡行を夢物語だと一刀両断できないのが「奇行」の恐ろしいところだ。今の叔父さんならやりかねない。
ブルっとスマホが揺れる。山名さんのファンシーなアイコンに数字の①が付いている。
『ところでさ。イサミ先輩は今も鳥人間だったりする?』
「帰ってきた時には戻ってました、と」
『そっか。生えたままじゃ人前に出られないもんね。良かった』
山名さんも叔父さんを心配してくれたみたいだ。
スタンプの応酬で対話を終え、僕は穴の開いたワイシャツをゴミ箱に入れた。証拠隠滅。
【8月27日 ・◎◎◎◎◎◎】
2023年8月27日。
ようやく復活した叔父さんは、朝食にフレンチトーストを作ってくれた。
僕たちはいつものように食卓を囲む。
いただきますと手を合わせる前に、叔父さんが架空の山札を引こうとした。僕はそれを手の平で遮る。
「待って。今日の手番は『精神力コマ』の2回復を選んだほうが良くない?」
「体力温存のためか。まあ、まだギリギリだからな」
叔父さんの目の下にはクマが出来ていた。見るからに疲労が残っている。
僕はコップに麦茶を注ぐ。
「そんなところ。今は『ねがいカウンター』があるし、拡張前みたいにランダムイベント待ちで山札を引かなくても大丈夫だよ」
「だが日曜日には『休日カード』もドローできる。俺としてはロマンを追いかけたいところだ」
「ロマン?」
僕は言葉に詰まる。
どうも叔父さんは『特殊カード』のシステムに魅力を感じているらしい。山札から1枚カードを引くだけなのに。
多少なりともボードゲームやカードゲームに触れてきた身としては、いまいち共感できない。
叔父さんは戸棚のゲームを見つめていた。
「蒼。ロマンは大切だぞ。中量級以上のゲームの多くはロマン抜きに成立しない。例えば『ワイナリーの四季』では一切ワインを造らずに勝利点を稼ぐことも出来るが、やはりブドウからワインを造りたくなるだろう」
「あのゲームはワイン造ったほうがポイントもらえるシステムだけどさ。叔父さんがカードを引いてもラーメン食べたら『精神力コマ』1回復するだけなら、合理的に考えて2回復を選んだほうがいいじゃん」
「むむ……
川畑とは叔父さんの同級生だ。あの『満漢全席』を成し遂げた面子の1人で、叔父さんと同じく「奇行」の持ち主でもある。
彼はボードゲーム同好会の中でも突出してゲームが強かったらしく、何でも理詰めで解いてしまうタイプだったという。
「あいつも『特殊カード』はクエストに対するリターンが小さすぎるだとか、いっそカードをドローしないとペナルティを受ける仕組みにしたほうがいいとか、せめて2回復から1回復にバランス調整してくれとか言っていたが。ゲームは遊んでナンボだろうに」
「叔父さん」
「コスト管理が基本的に『精神力コマ』のみだからプレイの幅が狭い。たまに起きる拡張にしてもベースのゲームが弱いから魅力に欠ける。悩む余地・ジレンマを生み出せていない。こんな薄味な内容でソロプレイ特化なのも残念──たしかにそうかもしれないが、俺は山札を引かせてもらう」
「フレンチトーストが冷めちゃうよ」
「前の拡張で山札が変わった。条件を満たせば『ねがいカウンター』を1つひっくり返すようなイベントが起きるかもしれん」
叔父さんは言い訳しながら山札に手を伸ばす。
出てきた『特殊カード』はラーメンを食べたらもう1枚『特殊カード』を引ける、というものだったようだ。
僕は食パンの耳を噛みきり、対面の叔父さんに訊ねる。
「僕がラーメンの話をしたせいで食べたくなったの?」
「違う」
叔父さんは顔をしかめつつ、四つ切のフレンチトーストを口にした。
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