8月14日~17日


     × × ×     


【8月14日 ・・・・◎◎◎◎】


 2023年8月14日。

 僕は一日中課題に集中していた。迫り来る台風の前衛部隊がアパートの庇を執拗に叩いており、雨音のおかげで叔父さんの生活音が消し飛んでくれた。

 本日分の『特殊カード』は叔父さんが教えてくれなかった。勉強中にこっそりリビングの様子を覗いた時、あの人は未だに3枚のトランプと格闘していたので、多分まだ引いていないのだろう。

 一部の期限付きの『特殊カード』以外は叔父さんが捨て札にしないかぎり、ずっと持っていられる。

 他の使いどころのない超ローカルなルール説明を脳内から捨て去り、僕は再び英語の問題集に立ち向かった。




【8月15日 ・・・・・◎◎◎◎】


 2023年8月15日。

 台風のせいで一日中外出できなかった。

 叔父さんは手に入れたばかりの2千円のうち、半分を英語の問題集に挟んでくれていた。昨日『特殊カード』を引けなかった埋め合わせのつもりだろうか。何も言ってくれないから、僕にはよくわからない。

 今日の『特殊カード』は捨て札エリアから過去の『特殊カード』を5枚引き、そのうちの1枚をプレイするというものだった。

 僕は叔父さんに訊ねた。


「それってさ。過去に使ったり捨てたりしたカードをもう一度使えるんだよね」

「捨て札のリサイクルだが、お前を女に変えてしまったイベントのカードは相当前だぞ。上から5枚目までには出てこないだろう」

「そっか。昨日やった『世界の七不思議』のマウソロス霊廟みたく自由に選べたらいいのに」

「申し訳ないが俺に言われても困る」


 叔父さんは悩んだ末に「コーヒーを飲むと『精神力コマ』が1回復する」というカードを再利用していた。プール当日に引いたカードだったらしい。




【8月16日 ・・・・・・◎◎◎◎】


 2023年8月16日。

 台風が去り、灼熱の空が戻ってきた。

 僕たちは朝からライフという地元スーパーに向かった。叔父さんのワゴンRに食材と酒類をたっぷり詰め込み、アパートまで戻ってきたら昼過ぎになっていた。


「ラーメン行くか」


 叔父さんは食料品を冷蔵庫とキッチン下に仕分けた後、空っぽになったワゴンRで高井田たかいだのラーメン店に連れていってくれた。

 格別の味というわけではないが、きちんと美味しい博多風の豚骨ラーメンをいただいた。

 もちろん叔父さんにおごってもらった。


「へいへい。合わせて1980円になります。はい。ありがとうございます。こちらおつりの20円です。どうぞ飴ちゃんもらってください、そちらの娘さんもどうぞ!」


 レジ打ちの店員さんがペコちゃんの棒付き飴を手渡してくれる。僕の密かな好物の一つだ。ありがたくいただいた。

 叔父さんは父親だと思われたことが地味にショックだったらしく、夜に遊んだボードゲームに身が入っていなかった。

 ちなみに本日分の『特殊カード』は「昼にラーメンを食べると『精神力コマ』が1回復」だったらしい。叔父さんの様子を見るかぎり、結果的には差引ゼロに終わったようだ。




【8月17日 ・・・・・・◎◎◎◎】


 2023年8月17日。

 叔父さんは今日も『特殊カード』を捨て、高校野球を眺め、夕食の後にはぼくを巻き込んでボードゲームに興じていた。

 途中で僕の友達・石生いしゅうが叔父さん向けにお菓子を持ってきてくれた。先日のプールでカメラマンをしてもらったお礼だという。


 僕は悩んだ。本来ならもう一人の友達が来るところだが、あいにく家族で倉敷くらしきの美観地区を回っているらしい。

 かといって僕と石生が2人きりになるのはルール違反になる。

 リビングに叔父さんがいるから2人きりではない、というのは詭弁に過ぎない。あれは相手の目のないところで石生と絆を育み、密かに恋仲になることを阻止するためのルールなのだから。

 僕は友情を壊したくない。


「尾藤さん。この前はありがとうございましたっ。尾藤さんが撮ってくれた写真、どれもすっごく素敵で、すっごく嬉しかった、です!」


 石生が可愛らしいデザインの洋菓子缶を叔父さんに手渡した。

 申し訳ないが、もうお帰りいただこう。

 僕は彼女の肩を叩く。


「ありがとう石生。あとで僕も味見させてもらうよ」

「小野君。どうせなら今一緒に食べちゃわない? えへへ。みんなで『アズール』しながら!」

「!」


 石生の提案に叔父さんが猛然と立ち上がった。さっそく戸棚からボードゲームを取り出してくる。まずい。

 僕は卓上に降ろされた『アズール』の箱を抱え込む。


「ごめん。また今度にしよう」

「あたしと2人きりにならない決まり……あたしはもういらないと思うけどな~」

「そういうわけにはいかないよ。せめて庄司がいる時に決めないと」

「だって小野君。あたしにバレないようにさ。こっそり、こっそり、こ~っそり、庄司君と付き合ってるんでしょ?」

「んなっ」「えっ」


 僕は思わず叫んでしまい、叔父さんは目を丸くして『アズール』の拡張セットの箱を床に落としそうになっていた。

 どうやらカラオケ屋での庄司との会話を石生に一部聞かれていたらしい。

 彼女に誤解されていたのも相当ショックだが、叔父さんに誤解されると元に戻してもらえなくなりかねない。


 僕は脳内でアホな友達を殴り倒しつつ、あの日の会話を一つずつ説明し、あいつの株をストップ安まで追い込んでやった。


「となると、今のあおは厳密には庄司君の彼女か」

「すごいね~」


 ついでに僕も精神的に追い込まれてしまった。もし自分にも『精神力コマ』があったら4つくらい吹き飛んでいたかもしれない。


 僕はLINEのメッセージで庄司を振った。

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