8月18日~19日
× × ×
【8月18日 ・・・・・・◎◎◎◎】
2023年8月18日。
特に何もない日だった。僕は借りた小説を読んだり、たまに単語帳を開いたりと適当に過ごした。
本日分の『特殊カード』はサイコロ次第で内容が変わるというものだった。
叔父さんは初めてのギミックにややハイテンションになり、『アンドーンテッド』の箱から持ちだした10面ダイスを食卓に投げつけた。
結果は「2」。
叔父さんは悲しそうにダイスを箱に戻していた。
曰く「数字の本数までなら缶ビールをいくら飲んでも二日酔いしない」「他の酒であればアルコール換算で同程度まで」という内容だったらしい。
それならTRPG用の20面ダイスを使えばよかったんじゃ……と呟いたら、余計に悲しまれてしまった。
【8月19日 ・・・・・◎◎◎◎】
2023年8月19日。
叔父さんが
同じ府内に住んでいるのにお盆の寄り合いに参加せず、アパートでぐうたらしていた件を断罪されたらしい。
夕方、南河内の
日焼けした右手にはケーキの箱が見える。
「
「何があったの叔父さん」
「お前の件が
僕の母親は
自己肯定感の塊で何を言われても反省しないし、改めないし、全く動じない。見方によれば頑固でワガママだが、ひょうきんな部分もあってノリで生きているようにも見える。たまに恐ろしく自省的になる時もある。
あの性格を端的には説明できない。
ああいう人、としか言いようがない。
「叔父さんから母さんに話したわけじゃないよね」
「当たり前だ。お前の母親に『女の匂いがする』『彼女できた?』と指摘されたのが始まりでな。一昨日蒼の女友達が来たと説明したら、そういう匂いじゃないと言われた」
「どういう匂いなんだろ」
「さあな。姉さんは昔から妙に鋭い。それで石生さんの写真を見せようとスマホをいじくっていたんだが、その時にお前の写真を見られてしまった。これだ」
「プールの時の写真じゃん。消したはずなのに」
「クラウド側に残っていた」
叔父さんが食卓にフォークを並べる。我が家で四角い箱からコマや得点ボード以外の物が出てくるのは久しぶりだ。
クッキー&ムースのケーキとチョコケーキがあったので、僕は前者を選んだ。さすが『レ・グーテ』のケーキ。しっとり慎み深い味わいで楽しめた。
叔父さんはフォークを手に持たず、おそるおそるといった具合で訊ねてくる。
「怒らないのか、蒼」
「まあ……もうすぐ元に戻れるし。それにしても実物を見てないのによく信じたね、うちの母さん」
「俺の「奇行」についてはインスト済みだからな」
叔父さんがようやくケーキを口にする。
インストとはインストラクション等の略称だ。ここではボードゲームのルール説明を指す。
「それで母さんは何か言ってた?」
「早く脳みその病院に行けだと。山名と同じことを言われた」
「そっちじゃなくて僕のこと」
「年頃の娘を飢えた狼のところに置いておけないわ。今すぐ家に帰らせてちょうだい……だそうだ」
叔父さんの絶妙にツボを抑えたモノマネには姉弟愛が感じられた。
僕は少し笑ってしまった。
「ふふ。母さんなら言いそう」
「どうする。小町姉さんの依頼を果たせば『ねがいカウンター』が反応するかもしれんぞ」
「今の姿で家族に会いたくないよ。恥ずかしい……まさか連れ戻しに来ないよね」
「わからん」
「叔父さんの『カウンター』が貯まるまで、例の7万円でビジネスホテルに逃げとこうかな」
「……一応言っておくが、俺は飢えた狼ではないぞ」
「いや、わかってるし……」
僕たちは互いに目を逸らす。
年頃の娘。飢えた狼。どちらも的外れな表現なのに、母さんの余計な一言で気まずい空気を味わうはめになった。
たしかに今は男女だから、そういうことも物理的には可能なのかもしれないが、そんなことを言い出したらどこの家庭でも同じことが言えてしまう。
叔父さんのことは好きではないが、母さんの見方は一方的で筋が通らない。
僕たちには僕たちの人間関係がある。
「俺としては、お前にはここにいてほしい」
「ボードゲームの対戦相手がいなくなるから、でしょ」
「まあ、そんなところだ」
叔父さんはチーズケーキを平らげると、ズボンのポケットから『ザ・マインド』と記された小さな箱を出してきた。
ここで新品のゲームを出してくるあたり、何というか……めげない人だと思った。
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