4月8日 ・・


     × × ×    


 校舎の廊下。リノリウムの照り返し。学校指定の上履きの音。

 開け放たれた窓から桜の花びらが入り込み、近くにいた女子生徒が宝物のようにそっと拾い上げている。


「春だね~」


 彼女は指先を滑らせ、小さな花びらをすりすりと撫でる。相変わらず何をさせても画になる人だ。強い風に吹き飛ばされてまうまで、石生千秋いしゅうちあきは花びらをで続けた。


 2024年4月8日。

 午前中に始業式を済ませた僕たちは、それぞれ鞄の中に退部届を携えながら放送部に向かっていた。

 正直、個人的には気が進まないというか……図書館の床掃除を強いられるくらいなら、のらりくらりと放送部を続けたほうが気楽なのだが、我らの女神様が許してくださらなかった。


 階段を下りたあたりで庄司しょうじがため息をつく。


「なあ。別に辞めなくて良くね?」

「庄司君だけ放送部に残る?」

「圧がつええなオイ。別に部長が引退するまで蒼芝あおしばをガードしてりゃ大丈夫だろ。あっちは3年になるわけだし」

「…………」

「石生、無言で肩掴むのやめてくれ。マジで怖えって。お前のほうが力強い説あるんだからな」


 庄司が珍しくお姫様から距離を取ろうとする。

 あの様子だと石生を説得しようにも耳を貸してくれないだろうな。よほど部長に対し危機感を抱いているらしい。

 僕は一応、改めて告げておく。


「あのさ……たしかに今朝、部長から『珍しいボードゲームを手に入れました』ってメッセージは来てたけどさ。別に遊ぼうとは思ってないし。ぶっちゃけ緑ちゃんとして会わなければ何も起きないんじゃ」

「メッセージの時点でもうダメで~す。あのボンバーパーマさんめ~。あたしの小野君に。粉かけやがって~。めらめら~」


 お姫様が怒りの炎を独特のオノマトペで表現してくださる。いつもどおり可愛らしいし、女子から「あたしの」と言ってもらえるのは男子冥利に尽きる。

 別に付き合っているわけじゃないけれども。


 庄司が呆れたように首を竦める。


「あたしの……ねえ。心持ちヘヴィなのは石生のキュートなところだが、あんまりこの3人にこだわりすぎると進路で離れた時にしんどくならねえか?」

「い、そんなの今はまだ考えなくていいもん」

「もう2年の春だぞ」


 石生の珍回答に庄司がまっすぐなツッコミを入れていた。普段あまり見ない光景だ。


 そんな友人たちを尻目に、僕は独りで男子トイレに向かう。元々人気ひとけの少ないエリアだし、始業式の午後ともなると先客の姿は見当たらない。個室の扉も全て開け放たれていた。

 僕は一番奥の個室に入ると、しっかり鍵を閉め──あらかじめ鞄の中に用意しておいた衣類に着替えさせてもらう。


 下着類。ブレザー。スカート。リボン。革靴。下着以外は中学時代の石生のお下がりだ。去年USJに行った時も借りたっけ。

 あの時のように化粧まで完璧に仕上げるつもりはないが、鏡の前でコンタクトレンズを付けてみると、少しだけ懐かしい気分になった。

 やっぱり年齢相応に背が伸びている。当然だ。小野緑これは自分の姿の鏡写しなのだから。


「行こう」


 僕は自分の荷物を庄司に預け、彼と彼女を放送室まで先導させてもらう。

 ちなみに友達を召使扱いしたいわけではなく、学校指定の鞄を肩に担いでしまうと身につけた扱いになる=男子に戻ってしまうためだ。

 以前、この仕様が原因で大事故が起きたことがあった。校内であんなことになったら、それこそ二度と人前に出られなくなる。



     × × ×     



 物黒ものくろ部長は放送室に居なかった。

 副部長の相生あいおい先輩が「入部希望の新入生がもう来てるのによお。どこ行ったんだアイツ」と苛立ちを隠せずにいた。


 僕は友人たちの背後でスマホの通知を確かめてみる。

 予想は当たっていた。講堂の映写室で待っているとのこと。そりゃそうだ。部長ともあろう方が、神聖な放送室にボードゲームなんて持ち込むはずない。

 全くもう。あの人は何やってんだか。



     × × ×     



 映写室へ続く作業用階段には窓がない。照明の数も心許なく、もっぱらアルミ製の手摺が頼りになる。

 僕たちは休憩を挟まずに階段を登りきった。

 少し呼吸を整えてから、真っ先に映写室に飛び込んだのは庄司だった。


「失礼します!」

「お待ちしておりましたよ。ゲームルームへようこそ……おやおや。今日はお友達も一緒なのですね」

「蒼芝なら歯医者に行くとかで先に帰りましたッスよ」

「……そうですか」


 部長の事務的な返答にはいささかの苛立ちが含まれていた。

 庄司に続いて石生も映写室の扉を開ける。


「失礼します。部長さんに退部届を出しに来ました」

「た、退部とは急な話ですね。相談なら乗りますが」

「あたしら3人分です」


 石生の説明に室内の空気が固まる。緊張が部屋の外まで伝わってくる。

 鞄のチャックを開く音。紙束が触れ合う音。

 部長のため息。


「石生さん。庄司さん。あなた方の意向はわかりました。しかしここにいない方、小野さんの退部届については原則的に本人が出すべきではありませんか」

「部長さんの仰るとおりです。本人も残念がっていました。なので。代わりに。小野君の妹さんに来てもらってます。代理人で~す」

「えっ」


 石生の手で漆黒の扉が開かれ、こちらの視界にも驚きを隠せずにいる男子生徒の顔が入ってくる。

 物黒部長は映写室のテーブルに『パンデミック』のメインボードを広げていた。

 珍しいボードゲームというわけではないが、わりと良いチョイスだと思う。2人でやるより多人数のほうが盛り上がるゲームだけど。


 僕は部長に会釈する。つとめて余所余所しく。別人のように。


「初めまして。小野蒼の妹です。兄がお世話になっています」

「は、初めてではありませんよ。以前トルコ料理店でお会いしましたね。いやあ、あそこはリーズナブルで美味しいですから、あれからもちょくちょく通わせてもらっておりまして」

「そうでしたか」

「ど、どうぞお座りください。何もないところで、お茶も出せずにすみません。よろしければボクとボードゲームなど……ああ先に説明書を読まなくては……あはは……」


 残念ながら部長と卓を囲むことはできない。

 彼には早急に放送室へ戻ってもらう。いつまでも新入生たちを待たせたら可哀想だ。

 そして僕には今やらねばならないことがある。

 何のために学校で女の子になり、恥を忍んで女子のふりまでしているのか。

 部長の小野緑=小野蒼説を完全に払拭し、そして小野緑ぼくのことを諦めてもらうためだ。

 ストレートに。インスタグラムの写真越しではなく。直接的に。目で見てわかるように。

 わからせる。わかってもらう。


 僕は事前の手筈通りに庄司に近づき、彼の左腕に抱きついてみせた。

 やるからには全力で。相手の上腕を挟み込むように。

 そして視線だけは部長に向ける。


「すみません。部長さん。わたし、これから彼氏とデートなんです。本当は学校帰りに校門前で待ち合わせだったんですけど。なんか兄から大切な紙を出してこいって言われちゃって」

「ぬはははは! うはは! まあそういうことなんで! 部長、マジで申し訳ないッス!」


 彼氏役の庄司が演技とは思えないほど全力で喜びを露わにしているせいで、傍らの石生が少し寂しそうな顔をしている。やめて。もう勘違いしないで。


 ともあれ、これで物黒部長の恋心は打ち砕かれたはずだ。

 目の前でイチャイチャされたら、さすがにわかるだろうし。発案者の庄司曰く「オレなら脳が壊れる」とのこと。

 そもそも恋人として庄司を選ぶセンスの時点で失望されてもおかしくない。


「茶番は終わりにしましょうか」


 ところがどっこい。

 栗毛の部長の顔つきは冷静に見えた。

 彼はパイプ椅子から立ち上がると、室内の黒壁に向かって逆立ちを試みるも上手くいかない。今回はドラマ版の金田一耕助きんだいちこうすけなのか。相当古いやつ。

 彼は椅子に座りなおし、いつものように推理モードに入る。


「ボクの目は節穴ではありませんよ。あなた方が復縁、それ以前にお付き合いされていないのはわかっています」

「ど、どういうことだよ。オレらこんなにラブラブなのによぉ」

「なぜなら、そちらにいらっしゃる緑さん──あなたは歴とした男性だからです。そうですね、小野さん」


 部長が力強く指差してくる。

 今の姿で会いに来たのに、まだ疑われているみたいだ。

 だったら、なんで一旦は「緑ちゃん」として応対してくれたんだろ。

 わかっているのに、それでも良いから、ということなのか?


「馬鹿なこと言わないでくださいよ、オレの彼女、こ、こんなにふわふわなのに」


 庄司がくちごもりながら、こちらの頭を撫でてくる。やめてくれ。


 対する部長のほうは犯人を追い詰めにかかる探偵のごとく、決定的証拠だと言わんばかりにスマホの画面を見せつけてきた。


「ボクはずっと──庄司さんのインスタグラムを追いかけていますからね」

「またそれッスか」「またですか」「それしかないの?」


 庄司、僕、石生から反射的なツッコミが入った。

 探偵役の情報源がSNSに限られるのはさすがに如何なものかと思う。


 当の部長は咳払いでごまかそうとしていた。


「うるさいですね。写真は雄弁です。まず小野さんの可愛らしい制服……全愛学園ぜんあいがくえん中等部のものですね。去年USJで快活な姿を見せてくださいました」

「よくご存じですね」

「妙ではありませんか。小野さんの妹は1歳下だったはず。すでに世間は新学期ですが、なぜ高校1年にもなって中等部の制服を身につけてらっしゃるのです?」

「うっ」


 たしかに緑ちゃんは自分ぼくより1つ下の設定だった。

 ネットストーカーめ。よく覚えていやがる。得意気な笑みが少し苛立たしい。


 僕はあくまで妹として反論させてもらう。


「わたしの母校は制服可愛くて有名だから。放課後たまに着てるんです」

「加えて全愛学園といえば石生さんの母校でもあります。借り物だと疑われても仕方ありませんよ。設定の詰めが甘い」

「わたしのものはわたしの」

「焦らないでください。まだ組み立て中です。次に──」


 物黒部長は極めて順序よく推理を話してくださった。

 小野緑の年齢設定について。兄と同じタイプのスマホを持っている件について。学歴について。よく使う食器について。

 なぜ小野緑はボードゲームで遊ぶ際、兄と同様に青色の駒を使いがちなのか。名前からして緑色を使いそうなものだ。

 なぜ小野緑が兄の指示を受けて退部届を出しに来たのか。小野兄妹は犬猿の仲だったはずだ。断ってもおかしくない。

 なぜ小野緑は犬猿の仲であるはずの兄の友人たちとつるんでいるのか。3人でいる時に除け者にされた兄が可哀想ではないか。

 なぜ小野緑が我が校の新入生の中に居ないのか。もし入学したならどこの高校に入ったのか。別の制服姿も見せてほしい。

 なぜ小野緑が髪を切ると兄のほうも短髪になるのか。たまにはロングも試してほしい。

 なぜ小野緑と小野蒼が並び立つことが一度たりともないのか。これについては未だに実現していない。等々。


「小野さん。今その姿が女装ではなく女性そのものだというのは見ればわかります。身長も体格も違いすぎる。しかしながら、あなたは紛れもなく小野さんなのです。そうでなければ、諸々の辻褄が合わない」


 結論は春休み前の推理と変わりなかった。

 だが念入りに積み重ねられた証拠の数々は到底「難癖」と一蹴できないほどの厚みを誇り、こちらに安易な反論を許してくれそうにない。

 僕は庄司に抱きついたまま、彼の背中を力強くつねってやった。結局全部お前のSNSのせいだからな。

 こちらの怒りが伝わったのか、庄司が部長の推理に反論を試みてくれる。


「いてて……部長、面白い妄想ッスねえ。小説家になれるんじゃないですか?」

「はい。もう2作ぐらい出版社の新人賞に応募しています」

「あっそうなんッスか……じ、実はオレの彼女、緑ちゃんは不登校なんッスよ。中学出たけど高校受験できなくて。そんでオレらとつるんでいるというか」

「ほほう」


 庄司が繰り出した苦し紛れの答弁に、物黒部長が頷いている。

 たしかにそれなら緑ちゃんの学歴や交友関係に説明がつく。中等部の制服姿なのも納得だろう。少しばかりぼくが不憫な扱いになるが。


 部長は笑みを浮かべる。


「興味深い設定ですね。よろしければ来年の受験に向けてボクが勉強を見て差し上げますが、如何です」

「おいてめえ。だから設定じゃねえって言ってんだろ」

「設定は設定です。庄司さんも小野さんも、お世辞にも演技が上手いとは言えませんね。もうすっかり、あなた方のいつもの雰囲気になっていますよ?」


 部長の端整な瞳に見抜かれる。

 言い逃れできないわけではない。今の僕は女子べつじんだ。単純に突っぱねればいい。決定的な証拠など、どこにもありやしない。

 部長に設定の穴を掘り出されても大した問題にはならない。仮に言いふらされても同じことだ。ほとんどの人は小野君は女の子になれます、なんて与太話を信じるわけがないのだから。

 逆に言えば、今この場で「僕は小野蒼です」と認めようが、認めまいが、僕のやるべきことは結局のところ一つなのかもしれない。


 僕は恋人役から距離を取る。至極残念そうな阿呆に舌を出してやりつつ、改めて部長に対して退部届を突きつける。


「小野家を代表して提出させていただきます」

「受け取れませんね。あなた方が突如、学校奉仕の精神に目覚めたなら別ですが。秘密を隠すために部活を辞めるなど。非合理です」


 部長はパイプ椅子にもたれかかり、一人の上級生として僕たちを睥睨へいげいしてくる。それでいて口調は緩やかだ。


「──それともボクが他人に言いふらすような人間に見えますか。言いふらしたところでバカにされるだけですよ。そうでしょう。現実にはありえないことです。しかし我が校には古くから七不思議の伝承があります。皆さんご存じないでしょうが、隠された謎の祭壇、窓から出入りするピエロの霊など……あるところにはある話なのです。つまり何が言いたいかと言えば、ボクは小野さんが何者であれ、気にしないということです」

「それでもわたしは退部届を出します」

「なぜですか」


 僕の頑なな態度に、部長の目つきが打って変わって鋭くなる。


 物黒暁人ものくろあきと。今月から高校3年生。放送部の部長。ウェーブのかかったボリューム感のある茶髪と、やや男性的で整った印象を受ける顔立ちが特徴的。背が高い。部活の女性陣から毛嫌いされているが具体的な原因は不明。大抵会話を続けるうちに「何かイメージと違うなあ」となる。家族と一軒家に住んでいる。好きな映画はティム・バートンの『ビッグ・フィッシュ』。クラリネットを演奏できる。スポーツには興味がないが、小学生の時に水泳を習っていたらしい。

 普通の人だ。決して悪い人ではない。けれども、彼がこちらに向けるほど大きな感情を、こちらは抱くことができない。

 ゆえに受け入れられない。


 きっと部長と部員、先輩・後輩といった一般的な関係であれば、お互いに卒業まで仲良くやれたはずだ。

 思えば自分にしろ、京極さんにしろ、傍らでこちらを見守ってくださる女神様にしろ、人間の容姿・外見──肉体というものは良くも悪くも人間関係を大きく左右するものだと改めて思い知らされた1年だった。

 ボードゲームの盤上では平等にプレーヤーでしかないのに。

 各自の感情が打つ手を歪めている。当然自分も例外ではなく。


 僕は対面の男性の右手、スマホの画面に視線を向ける。何も表示されていない。当の部長も唇を噛むばかりで何も言いだそうとしてこない。多分こちらの返答を待っている。彼なりの理屈で打ち返すために。ああ。だから面倒くさいんだ。


 僕はハッキリさせることにした。3枚の退部届を机に叩きつけ、革靴をコツンと鳴らしてきびすを返してみせる。


「──部長さん。わたしはもうあなたの前には現れません。二度と会うことはないと思います」

「ど……どうしてまた」

「だから。もしも、わたしに言いたいことがあるのなら。今しかないですよ」


 僕は出入口に向かう。一歩ずつ。相手の表情は窺えない。友人たちは何も言わない。


 ガチャン。パイプ椅子が倒される音。

 振り向いてみると、何かを吐き出す寸前の男性の顔が見えた。

 吐瀉物ではなかった。


「好きだ。ボクとお友達から、お願いできませんか。小野さん」

「ごめんなさい」


 自分の表情を制御できなかった。

 華奢な両手で口元を隠し、映写室から立ち去る以外の選択肢が見当たらず、長い階段を下りたあたりで息が切れた。


 後から追いかけてきた石生に肩を借り、廊下の鏡やガラス窓から目を逸らしつつ、僕は彼女に告げる。


「全部済ませたよ。ストレートに言った。言わせた。ねえ石生、これで良かった?」

「うん」


 彼女は小さくうなづくと、慈愛に満ちた笑みをこちらの右頬に近づけてきた。

 柔らかい感触に僕は思わず飛び上がってしまう。危うく彼女の鼻に頭突きを喰らわせてしまうところだった。


「わああっ!?」

「お疲れ様。小野君」


 突然のプレゼントに僕の心臓は未だバクバクしている。天使のキスで混乱しちゃうなんてポケモンにでもなった気分だ。

 背後から庄司が羨望の眼差しを向けてくる。


 石生はニコニコしたまま、今度は耳打ちしてきた。


「ふふふ。部長さん。あたしの時もそうだったけど。ベチャ~って近寄ってくるし。なのに気持ち隠しちゃうから面倒だったでしょ」

「まあ言いたいことはわかるよ…………ん? あたしの時も?」

「そうなの。放送部の女子はね。みんな一回は粉かけられてるみたい。やめて~って言ったら部長さんは他の人に行くの」


 僕は言葉を失う。

 物黒部長め。道理で女子部員から嫌われているように見えるわけだ。彼女たちは日常会話や部活の指導を装いながら何かとアプローチをかけてくる部長に対し、「無理筋」だと理解してもらうために、あえて必要以上に辛く当たっていたのだろう。

 そして彼の視線は流浪の末に本来女子ですらない部員に向かうことになった。


 考えてみれば、あの人が庄司のつまらないインスタグラムを追うようになったのも元々は石生狙いだったのかもしれない。

 そのうち、美少女の引き立て役みたいな扱いの平凡な女子にも目が行くようになり、今に至る──だとしたら何というか。


「オレも蒼芝のこと好きだわ」

「へ?」


 突然すぎて僕は転びそうになった。

 いきなり何言ってんだこいつ。しかしながら庄司の発言の阿呆っぷりが、年に一度も見せないであろう真剣な顔つきにより掻き消されてしまう。

 マジで言ってやがる。男一匹・庄司晶が。今このタイミングで。


 僕は全力で冗談めかしながら断りに入る。


「いやいやいやいや! さっき抱きつかれて胸押しつけられただけで好きになっちゃうとか、お前こそチョロすぎない!?」

「さっきの部長、本気だったろ。じゃあオレも本気で気持ち伝えるべきじゃん。お前がダメってんなら仕方ねえけど。もし付き合えるなら付き合ってくれ」

「ム、ムリに決まってんだろ。僕、男だし。普通に石生のほうが好きだし。大体お前だって石生のほうが絶対にさあ!」

「小野君。庄司君。お手々を拝借~」


 少しばかり脇に追いやられていた天使様が、彼我の間に入ってくる。

 彼女は左右それぞれの指先で僕たちの手を掴んでみせると、何やら僕と庄司にも手をつなぐように促してきた。

 講堂棟のエントランスホールに歪な三角形が生まれた。


「仲良し!」


 石生が笑いかけてくる。


 彼女の意図を完全に理解してしまった僕は、力任せに両手を引き抜き、全力で逃げ出すことにした。

 この年で、そんなややこしい関係になってたまるものか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る