8月29日 ゲーム


     × × ×     


 麗谷れいこく大学ボードゲーム同好会監修

 長時間耐久大会『満漢全席』公認規則 


 1.参加者はゲームを連続で遊び続けること。

 2.ゲーム中の中座は許される。ただし10分以内とする。仮眠は認めない。

 3.短期間に中座を繰り返した場合は失格とする。

 3-1.短期間とは概ね1時間以内である(2004年追記)。


 4.ゲーム中に漫画や雑誌を読んではならない。待ち時間もボードゲームに集中する。

 4-1.文庫本も読まないこと(1993年追記)。

 4-2.ゲームボーイで遊ばないこと(1997年追記)。

 4-2-1.携帯電話および携帯ゲーム機を禁ずる(1998年追記)。


 5.会話は認める。ただしケンカしたら失格とする。

 5-1.会話によりゲームを止めてはならない(2005年追記)。


 6.参加者はアナログゲームで遊ぶこと。カードゲームやテーブルトークRPGを含む。テレビゲームは含まれない。

 6-1.賭け麻雀は禁止とする(1994年追記)。

 6-2.同じゲームを連続で遊んではならない(1995年追記)。

 6-3.麻雀自体禁止とする(1996年追記)。

 6-3-1.麻雀に似たゲームについては個別に年長者が判断する(2014年追記)。


 7.ゲーム中の飲食は認める。ただし飲酒は控えること。

 7-1.ゲーム用のマット等を汚さないこと。またアルコールは缶ビール1本程度に抑えること(1999年追記)。


 8.参加者の睡眠は認めない。


 9.体調不良者は即座に退室すること。

 9-1.年長者は体調不良者を強制退室させること(2010年追記)。


 10.みんなで楽しむこと。

 10-1.世紀末なので大会参加者以外のプレイも認める(1999年追記)。

 10-2.世紀末以降も同様とする(2000年追記)。


(以下略)



     × × ×     



 パチン。

 木製の駒が小気味良い音を立てる。

 格子状に区切られた盤面を太古の軍勢が突き進んでいく。歩兵・歩兵・歩兵・歩兵・歩兵・銀将・飛車……叔父さんは珍しくポピュラーなゲームに手を出していた。


「王手だ」

「うおおお……どうにもならねえ! 詰んだ!」

「まだ詰んでないぞ、庄司しょうじ君」


 対戦相手の狼狽ぶりに叔父さんが苦笑している──脳の半分を占拠していた「奇行」が消えたせいか、以前より少し感情豊かになったように見える。どうでもいいことだが。


 庄司が王将の逃げ道確保に頭を悩ませている間に、叔父さんはトイレに向かう。

 麗谷大学ボードゲーム同好会・長時間耐久イベント『満漢全席』ルール2。ゲーム中の中座は許される。ただし10分以内とする。仮眠は認めない。


 叔父さんから考える時間を与えられた形の庄司だが、早くもお手上げの様子だ。


「ぐあああ。こっちに逃げてもどうせ殺されるじゃねえか。おい蒼芝あおしばも手伝ってくれよ」

「僕は庄司が来るまで散々『ワイナリー』で遊んだから。今は休憩中。あんまりやりすぎると頭おかしくなるし」

「くそぉ」


 坊っちゃん刈りの小男が唇を噛む。

 相変わらずの間抜け面だが、昨夜のいざこざについて触れてこないあたり彼なりに気をつかってくれている。

 まだ夏休み中とはいえ、こうして自分の時間を割いてアパートに来てくれたのだから、友情には感謝しないといけない。


 僕は冷蔵庫から皿を取り出してやる。


「昨日の残り、昼飯に食べる?」

「嬉しい……蒼芝の手料理だ……」

「宅配ピザだよ。庄司もわかってんだろ」

「あれから食わなかったんだな」

「そんな気分じゃなかったし……そういうこと。ほら温めるよ」

わりい。うどん食ってきたからいらねえわ。おっちゃんの夜食に残しとこうぜ」

「そうするか」


 庄司の提案に乗り、僕は冷たいピザを冷蔵庫に戻した。

 やがて叔父さんもトイレから足早に戻ってくる。


「待たせた。庄司君は結局降参か」

「将棋とか小学校以来なもんで。定跡とか全然わかんねえし」


 庄司が盤面の駒を片付けていく。

 歩兵の戦列を喰い破られ、大多数の戦力を捕虜にされてしまった以上、もはや彼に勝ち筋などなかった。


 ちなみに叔父さんも将棋については初心者同然であり、かつて山名やまなさんにボコボコにされたことがあるらしい。

 その山名さんも夕方にはやってくる。

 只今の時刻は昼過ぎ。まだ『満漢全席』は始まったばかりだ。


 叔父さんが将棋盤をケースに収める。


「次は何をやりたい。庄司君の好きなゲームでいいぞ。5分以内に決めてくれ」

「せわしないッスねえ」

「伝統的なルールがあってな。次のゲームを始めるまでのインターバルから、中座の回数制限、同じゲームを連続で遊ばない、麻雀の禁止、賭けの禁止……」

「そういうのってルール自体に歴史がありそうッスね」

「ああ。俺の時代になると毎年ルールを増やすこと自体が伝統になっていた」


 叔父さんは思い出に浸りながら口角を上げつつ、背後の戸棚から『マグノリア』というゲームを出してくる。

 たしか庄司とは遊んだことのないゲームだ。

 キャラクターカードを合計9枚並べるだけのシンプルなルールだが、上手く並べないと技術力や信仰力、軍事力で後れを取ってしまう。


 ルールブックを手渡された庄司は非常に面倒くさそうな顔をしていた。


「新しいゲームか……ルール覚えるの大変なんだよなあ……」

「すまないな。初心者へのインストラクションも『満漢全席』ではゲーム時間に含まれる。ルールの盲点だ。庄司君が覚えているうちに脳を休ませたい」

「うへえ」


 庄司がチラリとこちらに助けを求めてくる。

 叔父さんに休息を取ってもらうのも大切だが、対戦相手に逃げられてしまうのは困る。仕方ないな。

 僕は友達の隣に座り、一通りのルールを教えてやる。


「こうやって同じマークを1列に並べることで効果があるんだ」

「なるほど。オレが今、同級生の女子とお近づきになってドキドキしてるみてえに、こいつらも仲間同士で並ぶと思うところあるんだろうな」

「……庄司ってクラスの女子相手だと、そういう阿呆なこと言わないよね」

「あいつらはオレのこと好きじゃねえもん」

「何だそりゃ」


 陰キャの考えることはよくわからない。僕自身も含めて。

 正直に言えば、おだてられて(?)イヤな気なんてしない。本当の自分に対する評価ではないとはいえ、からかわれるより遥かにマシだと近頃は思う。

 だからといって庄司とどうこうなんぞ全く考えられないが、褒め言葉(?)は素直に受け取っておく。

 ?マーク付きなのは若干からかいが含まれている気もするからだ。生来のニヤついた顔が少しムカつく。


「蒼芝はオレのこと好きだろ?」

「まあ、普通に」

「おおっ」


 庄司が両手を挙げて喜びを表現している。いいからルールブックに集中してほしい。まだ戦争のルールを説明できてない。


 テーブルの対面では叔父さんが目を丸くしていた。

 もしかしたらまた変に勘違いされたかもしれないが、もう面倒くさいので釈明は後回しにする。


「とっとと『マグノリア』始めよう。僕も参加するから」

「おっ。蒼芝やる気じゃねえか。オレも本気出すとするかあ。ビギナーズ・ラックでおっちゃんも倒せちまうかもなあ」

「ははは」


 叔父さんが無邪気に笑っている。

 やはり以前より喜怒哀楽がハッキリするようになった。よほど「奇行」に脳内のリソースを取られていたのだろう。

 すなわち頭脳をフル回転できるようになった叔父さんは『マグノリア』においても庄司(と僕)を戦闘力で圧倒し、カード同士のコンボを決めまくった。

 純粋に強い。

 戦略に幅と厚みがある。アドリブも効く。

 朝のワイン造りでも感じたが、今日の叔父さんにはカードの引き運以外の要素で歯が立ちそうにない。


「よし。今日は頭が冴えている。これなら山名にも将棋で勝てるかもしれん」

「無謀ですね」


 手応えを感じていた叔父さんに、少し冷たい目線が向けられる。

 いつの間にか玄関で山名さんが革靴を脱いでいた。

 まだ会社の定時には早いだろうに。すっきりしたスーツ姿での来訪だ。


「あたしはある程度、戦法ぶきを持ってますから。素手のイサミ先輩に負けるわけないですよ」

「何を。だったら掛かってこい」

「その前に」


 山名さんはドスドスと足音を鳴らしながら直線的に廊下を進み、テーブルを囲む僕と庄司を押し退ける。

 そしてそのままテーブルの上に片膝を突き、目の前の叔父さんに対して前屈みになり、にらみを効かせ──右手を振りかぶった。


 バチン。

 平手打ちに見せかけた「猫だまし」が炸裂する。

 相撲の技で、要するに相手の目の前で拍手を打ち鳴らすというものだ。


 やられた方はビックリしていた。


「いたっ……くない。何なんだ。いきなり」

「もっと怒っていいんだよ。蒼君。なんで簡単に許しちゃうかなー」


 山名さんには昨夜の件を伝えてある。

 叔父さんが『ねがい』を叶えてくれなかった、と。

 その上で叔父さんの苦行を手伝ってほしいと僕の方からもお願いした。多分叔父さんも先にメッセージを送っていたはずだ。


「はー」


 彼女は卓上に乗り掛かった状態からズルズルと後ろに下がってくる。やがて丸みを帯びた臀部でんぶが僕と庄司の間にある座布団に収まった。

 距離が近い。僕の方から身を離そうとしたら、なぜか山名さんが寄りかかってくる。相対的にお近づきになれなくなった庄司が悔しそうな顔を見せるが、至極どうでもいい。

 さらに山名さんはこちらの肩に手を回してきた。柑橘系のさっぱりした香りに混じって中華料理とアルコールの匂いがする。


「あたしは蒼君の味方だからね。イサミ先輩、蒼君が男の子に戻るまで許しませんからねー。蒼君も舐められちゃダメ。女の子はチョロいと思われたら終わり。すぐに大切にされなくなるの」

「は、はあ……」

「ほーら。見てごらんよ。対面にいる君の叔父さんはあたしたちの会話なんてどーでもよくてさ、ああやって『マグノリア』のカードが踏まれてないか気にしてんだよ。ヤダヤダ。あたしレベルの愛好家が踏むわけないでしょうが」


 荒ぶる山名さんに対し、叔父さんはバツが悪そうな顔で将棋のケースを再び出してくる。

 ゲームを終えたら5分以内に新しいゲームを始めなければならない。ルール14の記述を守ろうとしている。


「あたしの見立てでは、あれは将棋であたしに挑みたいだけね」


 山名さんの評価は辛辣だ。よほど今回の件(叔父さんの失態)を腹に据えかねているみたいだ。

 その上で被害者ぼくの代わりに怒ってくれている。多分。


「うーん。そうなんですかね」

「あたしもイサミ先輩とは長い付き合いだから。何だかんだでみんなを呼びつけてバチバチにボードゲームで遊べるの、ハッピーなんだよ。ほんのちょっとは反省してても、遊びは遊びとして楽しんでる。結局それしか頭にない人なの」

「まあ、それが叔父さんですし」

「マジでそのとおりなんだけどさー……蒼君、気を付けなよ。もし元に戻れなかったら絶対ダメな男に引っかかるよ。どこかの誰かみたいに」


 山名さんから謎の忠告をいただいてしまう。前提も結果も嫌すぎる。


 一方の叔父さんは何も言わずに将棋の駒を並べていた。

 図星だったのだろうか。それとも親しい女性からのお叱りの言葉を甘んじて受け入れているのか。


 どちらにしろ交代要員やまなさんが来てくれたおかげで、僕たちは休息を取ることが出来そうだ。


 僕は台所でお湯を沸かし、人数分のコーヒーをれる。

 傍らでは庄司が「オレは将来ロクに働かねえ!」と謎の決意を固めていた。多分そういうことではないと思う。

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