8月29日 ゲーム②
× × ×
どれだけ楽しくても、同じことを休みなく何度も何度も繰り返していると辛くなってくる。
かつて叔父さんは例外だった。奇行のルールではボードゲームを大体2時間くらい遊ぶと『精神力』が1回復した。
徹夜で遊んでも寝不足のマイナス分(-3コマ)を打ち消せる。理論上は永遠に卓を囲むことができた。
ひょっとすると『満漢全席』がもたらした「奇行」は呪いの類ではなく、より多くボードゲームを遊べるように肉体を進化させた結果──なのかもしれない。知らんけど。
2023年8月29日。午後11時05分。
僕たちはテーブルを囲み続けていた。
卓上には
つるつるした表面を摘まんでみれば、底面に雀の絵が隠れていた。
対面では独身男性が唇にサンドイッチを捻じ込みながら、こちらの捨て牌を窺っている。
残念ながら僕は相手の筋を読むような能力を持ち合わせていない。
「ロンだ」
案の定、叔父さんがドヤ顔で手牌を倒してきた。
プレーヤーの手牌自体も6枚に限定されている。
かなり単純化されているのに麻雀っぽさは存分に味わえるという、ちょっと不思議なゲームだ。
僕は手持ちの点棒を全て差し出す。
あっさり飛ばされてしまったが、あまり悔しさは沸いてこない。
66時間の記録突破まであと48時間。
正直なところ、僕は苦行から解放されたくて仕方なかった。
すでに山名さんが「明日の出勤に差し支えるから」と申し訳なさそうにアパートを去り、友達の
今、叔父さんの相手を務められるのは自分だけ。そうわかっていても身体は眠たいし、欠伸は出るし、やる気は起きない。
僕は手元の牌を片付けながら訊ねてみる。
「叔父さん……大学の頃は『これ』が楽しかったわけ?」
「楽しいわけあるか」
「だったら、なんで66時間も苦行に耐えられたのさ」
「それが大学生だったとしか言い様がない」
自分にはよくわからない答えだが、叔父さんの口ぶりにはうっすらと説得力があった。
もはや訊き返せるほど元気が沸いてこないのもあり、僕は黙って『すずめ雀』をケースにしまう。
叔父さんが次に繰り出してきたのは『ロストシティ』というゲームだった。有名なゲーム作家が手がけたものだという。
今の自分の気力で得点の損切が出来るかな。まあ適当に惰性でプレイさせてもらおう。
僕は手札を受け取る。詳細なルールについては割愛。計5か所の古代遺跡の発掘に向けて投資=数字カードを出していくゲームだ。
対戦相手の出方を見極め、上手くいかないとみるや発掘自体を放棄することも視野に入れなければならない。でないと大損を被ってしまう。
キレキレでシビアなルールだが、それを楽しむには夜が更けすぎていた。もう18時間も同じことが続いている。
僕は欠伸を堪えきれない。
「ルール10、みんなで楽しむこと……か」
おもむろに叔父さんが手札を伏せた。
「遊びを強いられても楽しくならない。蒼の言うとおりだ。これは決して楽しくない」
豆粒みたいな両目が、こちらを見ている。
「お前には苦労をかけてきた。毎日毎日。同じことの繰り返しだよな。今と同じだ。さぞかし迷惑だったろう」
目つきから生来の自信が失われている。
僕は不要なカードを捨て札にした。
「別に……叔父さんこそ「奇行」にゲームを強いられてたわけじゃん」
「いいや。あの頃から俺は何も成長していないのかもしれん。大学の部室から、今も」
「ねえ。なんで山名さんに言い返さなかったの? 叔父さんだってゲーム楽しめてないんでしょ。どうして」
「口だけのまま、そのままだ」
対面の独身男性が黄色のカード「7」を出してくる。捨て札エリアに。黄色のお宝を諦めた証拠だ。
僕は時計を見る。午後11時18分。
的を得ないやり取りだな、と我ながら思った。
思ったこと、感じたことを半ば消化しきれずに吐き出したような会話が続く。卓上を尻目に、約4畳半のリビングで視線と言葉がぶつかり合う。
叔父さんがため息をついた。
「蒼。来月から実家に戻るなら、
「あーもう! そういうことはさー……僕が元に戻ってから考えさせてよ。今は違うじゃん」
「そうか」
「というか……ほら。ほらもう。ルールでは楽しくしないとダメなんでしょ。今をどうにかしようよ」
「大学の時も楽しくはなかった。今回も大丈夫だとは思うが、いっそ何か賭けるか」
「何を?」
「知らん」
叔父さんが捨て札から青色の「9」を取る。次のターンには遺跡を手中に収めるつもりだろう。
僕は自分自身の適当なプレイを後悔しつつ、脳内で賭けの内容を思い浮かべる。
叔父さんが負けたら、昨日出現した『カタン3D版』をオークションサイトで売却してもらおう。
そのお金で焼肉をご馳走していただく。
それで今回の騒動の半分くらいは許してあげよう。もちろん僕が男に戻れたらという条件付きで。
山名さんには「女の子がチョロすぎるのはダメ」と怒られそうだが──まず大前提として。僕は女の子ではないからね。
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