4月1日 ・・・・・・


     × × ×     


 2024年4月1日。

 朝っぱらから玄関先で土下座を敢行してきた庄司しょうじを追い返し、改めて京阪京橋けいはんきょうばし駅で合流したら男泣きされてしまった。

 こちらが私服の下に学校指定のカッターシャツを着込んできたのが良くなかったらしい。

 僕は阿呆の背中をさすりながら京都方面行の特急列車に乗り込む。


「仕方ないだろ。石生いしゅう抜きで京都に行くんだぞ。女子の……緑ちゃんで行ったらさ。絶対勘違いされるじゃん」

「勘違いさせてくれよぉ」

「庄司じゃなくて周りが誤解しちゃうんだって。お前のインスタグラムは部長に監視されてるし。石生にも色々怪しまれてるみたいだしさ」


 少なくとも彼女には誤解されたくない。僕自身の名誉に関わるだけでなく、何より彼女に疎外感を植え付けてしまいかねない。

 たとえ完全なる誤解であっても。ほんの一瞬でも。あの子を独りぼっちにはしたくない。大切な友達だから。


「くそぉ。いつも上目遣いであざとくて距離感が近い系の隙だらけ「僕っ子」後輩女子に男気を見せたくて姉貴に借金してきたのによぉ」

「勝手に設定を盛るな」

「盛ってないが?」

「いや…………あざとくは無いだろ」


 庄司からの指摘を完全には跳ね返せず、僕は少し自己嫌悪に陥った。


 気分を変えよう。

 京阪電車は読んで字のごとく大阪から京都に向かう私鉄路線だ。窓際の座席からは北河内きたかわちの街並みを眺めることができる。

 大阪市内から守口もりぐち市駅にかけては住宅街と町工場の屋根以外に見るものなどないが、門真かどま市の辺りで大手家電メーカーの本拠地が出現する。

 寝屋川ねやがわ市を過ぎると次第に建物の背が低くなってくる。


 やがて右側に『ひらかたパーク』が見えてきた。併設のプールでおなじみの遊園地だ。

 去年、庄司たちと泳ぎに行った時は叔父さんの自家用車で連れて来てもらった。


 庄司がウォータースライダーを指差している。


「おい。あれってオレらが乗ったやつだよな。いやー今年も行きてえなあプール」

「別に良いけどさ。今年は女子用の水着を買わせるなよ。あれ高いんだからな」

「おっ? おお。そうなのか。へえー。ほほーん。まあ半年経ってるもんなあ。身長が伸びた分、あっちも少しは育つよなー」

「何だよ」


 僕は何となく右隣の友人から距離を取る。

 気持ちのたかぶりを堪えるように口元をすぼませ、やたらとソワソワし始めた庄司の「真意」に気づいたのは、僕たちが県境を通り過ぎて丹波橋たんばばし駅に辿りついた頃だった。


 こいつ。さっきから胸元ばかり見てきやがって。

 今ここには何も無いだろうが。

 僕は駅のホームに降りた後、乗り換えの普通電車が来るまでに小男の背中を3発叩いてやった。


「庄司……お前めちゃくちゃ気持ち悪いからな。妄想もいい加減にしとけよ。男同士でも普通にセクハラだぞ」

「考えてみりゃ、どっちの姿も同一人物なんだよな。つまり蒼芝あおしばの好感度を稼げば緑ちゃんにも好かれちゃうわけだ。そして今日は友達との日帰り旅行で、かつ元カノとのデートという扱いにもなる。QED」

「一生妄想の中で生きてろ、もう」

「さっそく麦茶をプレゼントすることで好感度をガンガン稼いでいくぜ。姉貴から借りた千円札を自販機にぶち込んでいく! ほらよっ!」


 庄司が冷たいペットボトルをこちらに手渡してくれた。

 そんなに水気を欲していたわけではないが、もらえるものはもらっておく。

 本来なら自然に出ていたはずの「ありがとう」をあえて言わなかったのは相手のマイナス点が多すぎるからだ。


 庄司は好感度を稼ぐ前に失点を防いだほうが良い。

 石生相手なら比較的スマートな対応を見せているのに、どうして自分に対しては──ここまで考えて、僕は再び自己嫌悪に陥った。

 どう考えても「冗談だから」じゃん。勘違いさせやがって。

 ああくそ。穴があったら入りたい。


「もう庄司の前では二度と緑ちゃんにならねえ」

「なんで!?」


 目の前にあった穴が、プラットホームに進入する緑色の普通電車によって勢いよくふさがれていった。

 目的地の麗谷大前深草れいこくだいまえふかくさ駅まであと少しだ。

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