3月23日


     × × ×     


 2024年3月23日。

 朝から雨が降り続いている。

 叔父さんは昨夜から眠ったままだ。

 このところは毎晩のようにボードゲームで遊んでいたこともあり『精神力コマ』不足には滅多に陥らず、去年の秋頃みたくゾンビと化した叔父さんにスポーツドリンクを与えたりせずに済んでいたのだが──あの大学生のせいで状況が変わってしまった。


 互いの『精神力』『気力』すなわち元気を削り合う、狂人同士の『対戦』ゲーム。

 あんなのに付き合っていたら、叔父さんは休日の大半をベッドの上で過ごすことになってしまう。

 それこそ今日みたいに。


蒼芝あおしばぁ。おっちゃん復活しそうにねえのか。家で珍しそうなゲーム見つけてきたんだが」


 アパートまで遊びに来てくれた庄司しょうじが、鞄から紫色の箱を出してくる。

 かなりの年代物で紙箱の角が白くなっていた。

 見たことがないゲームだが、タイトル自体はよく知られている。


「なにそれ。ボードゲームなのに『大富豪』って」

「トランプじゃねえぞ。どっちかといえば、ルーレット回してコマを進めながら株とか不動産で稼いでいく系だな」

「僕はやったことないけど『モノポリー』に近いのかな」

「多分そうだろ」


 坊っちゃん刈りの男子が箱の中身をテーブルに広げていく。メインボードは巨大な双六すごろくだった。

 外周部にはプラスチックのオモチャで再現された株式会社の社屋や不動産が並んでおり、内側にはイベント盛りだくさんの分岐ルートが設定されている。

 中央の灰皿みたいな形のルーレットといい、なかなか手の込んだ作りになっていた。

 庄司がカードを並べながら説明してくれる。


「これがお金。これが株券だな。他にも『株式情報』とかイベント系のカードがあるぞ」

「それっぽい形のカードで面白いね。証券とか資産家の持ち物っぽい。あの大きい札は?」

「あれは『宝くじ』だ。当たるとデカいぞ」

「急に庶民的になるじゃん……」

「誰でも一発逆転を狙うしかない場面があるんだろ。ヤバくなったら手持ちの不動産を抵当に入れるなりして、人生をやりくりしていこうぜ」


 庄司は『抵当』『預金証明』と記された世知辛いカードをトレイに並べると、こちらに青色の人形を手渡してくる。

 長らくボードゲームをたしなんできたせいか、近頃は各人の「担当色」が決まりつつある。

 小野蒼ぼくは当然青色。庄司は赤色。

 そして我らの姫君・石生千秋いしゅうちあき様には黄色のコマが捧げられる。


「ほわ~。今日のゲームはオシャレだ~」


 ロング丈のパーカー姿でアパートに現れた彼女は、居間に入ってくるなりスマホを取り出し、双六のミニチュアたちを撮り始めた。

 全体的に古めかしいデザインのコンポーネントだが、見る人によってはオシャレに見えるらしい。自分のスマホで調べてみたら発売年は1975年とされていた。昭和じゃん。

 もしかして相当のレアものなんじゃ。


 僕は念のため、叔父さんにも声をかけておくことにする。


「ねえ。叔父さんは『大富豪』って知ってる? 庄司が持ってきたんだけど」

「うう」


 部屋のドアを叩いてもうめき声しか返ってこない。

 室内で立ち上がる気配も感じられない

 完全にノックダウンされてしまっている。


 叔父さんの様子が気になったのか、石生が忍び足で近づいてくる。

 相変わらずちょっとした仕草に愛嬌がある姫君だ。


「ねえ小野君。尾藤びとうさんは風邪引いちゃったの?」

「ううん。例の『精神力コマ』がゼロになったらしくてさ。昨日、変な女子大生に絡まれて──」

「変な女子大生?」「変な女子大生?」


 石生と庄司が同時に喰いついてきた。

 一応、こいつらにも伝えておいたほうがいいか。

 二人には座布団に座ってもらい、僕は昨夜の出来事を話させてもらう。


 他者に『効果カード』を抜き取られ、一時的に女の子に戻ってしまったこと。狂人同士の邂逅。互いの生命力を削り合うだけの無益な『対戦』。

 叔父さんの敗北。再来の予感。


「もし今日も京極さんが来やがったらさ。僕たち三人で強引に追い出したいと思ってるんだ。今日のコンディションだと叔父さんも戦えないし」

「いや……いっそ諸手を挙げて迎え入れてだな。どうにかたらし込んで、蒼芝あおしばの効果カードを外してもらおう」

「そうしよう!」


 庄司が邪悪な発想を語り、石生が力強く同調する。

 半ば冗談だとわかっていても自分としては看過しがたい考え方だ。そんなことしたら2年生になれなくなる。


「阿呆。来月の始業式行けなくなったら、どうすんのさ」 

「うるせえ! オレらは久々にみどりちゃんが見てえんだよ! いつ来ても体育のジャージで過ごしやがって! 舐めてんのか!」

「舐めてんのか~!」


 庄司と石生、二人がかりでジャージのファスナーを掴もうとしてくる。本当に仲良いな、お前ら。

 僕は付き合ってられなくなり、一人で自室に逃げ込んでジャージの上から別のパーカーを羽織はおらせてもらう。ヨシ。


 安全対策を済ませてリビングに戻ったら、庄司が石生に向けて『大富豪』のルール説明を始めていた。

 何なんだよ、もう。

 僕は笑ってしまった。



     × × ×     



 庄司が持ってきた『大富豪』は競技性より雰囲気に注力したタイプのボードゲームだった。

 良い意味でのやってる感、というか。本当に企業運営・株取引・不動産売買により不労所得を掠め取っていくような気分を味わえる。

 実際には持ち主が言うようにルーレットを回して止まったマスの指示に従う、運要素強めな双六ゲームなんだけど……なかなか盛り上がった。

 叔父さんのお見舞いにやってきた山名さんも大いに楽しんでいた。


「グレートタイガーオイルの経営権、抑えられなかったかー。いやー。ドキドキハラハラで楽しかったね。あたしらって知恵比べゲームばっかやってるけどさ。こういうのもアリというか、やっぱり盛り上がるよね」

「あたしもお姉さんと遊べて楽しかったです」

「うわー。千秋ちあきちゃんの純真な笑顔が眩しい」


 太陽光を浴びた吸血鬼みたいな反応を示す山名さん。

 石生の微笑みをモロに喰らってしまったらしい。

 あれに心惑わされるなんて、まだまだ山名さんも初心者(?)だ。僕なら咄嗟に顔を背けている。

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