8月22日~23日
× × ×
【8月22日 ・・・・・◎◎◎◎◎】
2023年8月22日。
特にやることがない日だった。夏休みの課題を終えてしまい、SNSの巡回にも飽きてしまった。
僕は布団の上で友達から借りた小説本を広げた。
元に戻るタイミングがわからない以上、下手に外出できない。こういう時は物語の中で過ごしたほうがいい。
バイオレンスな内容にハラハラしていたら夜がやってきた。
叔父さんは有名な豚まんを持ち帰ってくれた。今日の『特殊カード』に指示されたらしい。
僕としても夕食の買い出しに行けずに困っていたから、ちょうど良かった。
「今日は一日中、独りで機械を回していたせいか『ねがいカウンター』が反応しなくてな。すまんが気長に待っててくれ」
「今週中には貯めてほしいな。あと2つなんだし」
「わかっている」
2人でもちもちの生地と肉感たっぷりの中身を味わった。叔父さんは辛子を付けすぎてしまい、途中で鼻の辺りを抑えていた。
【8月23日 ・・・・・◎◎◎◎◎】
2023年8月23日。
叔父さんは今日も『ねがいカウンター』を貯められなかった。
夕方にLINEで進捗を知らされた後、僕は衣類入れのプラケースからスウェットの上下を取り出した。
ブラトップの上から袖を通す。サイズが合わないからブカブカになる。
それでも突然男に戻った時の恐ろしい状況を思えば、念のために着込んでおいたほうが安心できる。
2日ぶりの外出は汗だくだった。くすんだ空がオレンジ色に染まっているのに気温がちっとも下がらない。
近所のスーパーで冷房を浴び、惣菜を漁っていたら叔父さんから電話がかかってきた。
『すまない。
「もう買いに出てるし大丈夫だよ」
『そうか』
期待させているのに申し訳ない。言外に叔父さんなりの
「叔父さんは何か欲しいものある?」
『そうだな……待て。お前に依頼すると『カウンター』が減ってしまうぞ』
「そうだったね」
僕は高野豆腐のパックをカゴに入れた。叔父さんの好物だ。
スーパーを出ると店先でガラの悪そうな中学生の男子たちに出くわした。地元の子だろうか。
別に絡まれることは無かったが、何となく身構えてしまう。
すれ違い様、彼らの会話の断片が耳に入ってきた。
「今の人けっこう好みだわ」
「ああ、お前のな。
僕は思わず振り返ってしまったが、彼らはそのまま店の中に入っていった。
上下スウェットで明らかにオフなのに女だとそういう目で見られるのか。ていうか関目の〇〇ちゃんって何者なんだ。
困惑気味に歩いているとポケットが震えた。着信だった。
僕はスマホを取り出す。
「もしもし叔父さん? もうスーパー出たし、欲しいものがあるなら」
「えっ……その声、どこのどなたかしら」
スマホから聞こえてきたのは母親の声だった。
僕は二の句を継げない。
それは向こうも同じだった。
お互いにまともに言葉を紡げないまま、アパートまで戻ってきた。
「
「まあ、そうだね」
早く食材を冷蔵庫に入れたい。僕は通話をビデオ通話に切り替える。
母親の反応は「わあ」だった。
「わあって何さ」
「どう仕上げたものかしら。とりあえず今の時期にスウェットは辞めなさい」
「そのうち戻るからアドバイスはいいよ別に」
「戻ってしまうの? 勿体ないわ。楽しめそうなのに」
母親の拗ねた様子に僕はため息を返した。
「今のままじゃ学校に行けないし。住民票とかマイナンバーカードとか合わなくなるでしょ。というか僕が戻りたいんだよ」
「わあ」
スウェットを脱いだら、また母親がユニバのCMみたいな吐息を漏らしてくれた。
モロに体型を見られてしまった。
僕は恥ずかしくなり、もう一度スウェットに袖を通した。
「も……もう切るから。戻ったらまた連絡するね」
「後で写真送りなさい。お父さんにも見せるわ」
送るわけあるか。
僕は通話を切り、2割引の惣菜パックを電子レンジに入れた。
レンジの中でマイクロ波に照らされた唐揚げを眺めつつ、僕は冷蔵庫から持ち出したコーラを喉に注ぎ込んだ。
何というか見世物にされたような気分だった。あの中学生にしても母親にしても。
自分が女子の姿であるかぎり、ああして他者から品評され続けるのならば、やはり早めに辞めてしまいたい。
レンジがチンと音を立て、内部の照明が落とされた。
ガラスに映った自分自身と目が合い、僕は微妙な気持ちになる。これを自分だと捉えるようになったから、少し心が傷ついてしまったのだろうか。
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