第33話 柔道経験者
信太郎が祥子の古いスマホを充電している時、雑賀王彦から電話が掛かってきた。
「大丈夫ですか?」
王彦は京都での信太郎が気になって電話を掛けて寄越してくれた。
「ああ、すいませんでした。芳信さんが祥子の棺の前で泣いていたのとイメージがあまりに違っていて・・・」
信太郎はそう正直な気持ちを伝えた。
「でも雑賀さんに言われて考えました。確かに芳信さんは不幸な身の上だと思います。生きていくためにもお金が大事だと思います」
いつの間にかサビーヌが隣に来ていて信太郎の隣に座った。猫の体温が信太郎の太股に伝わる。
「それで、一応彼のアリバイを調べたんですが、養母の17回忌の相談をお寺でしていたことは事実でした。寺へは13時05分に来ています」
王彦が伝えた。
「そこまで、どうして分かったんですか?」
「寺には防犯カメラが付いていました。この時間に寺に入って来る芳信さんの姿が映っていました」
「それは・・・。あ、でもお寺には今日行かなかったのに、どうして?」
信太郎の素朴な疑問。だが、王彦は明快に答えた。
「今どき、大概のことはリモートで片が突きます」
「へ? リモート?」
サビーヌが頭を信太郎の足に擦りつけている。サビーヌは頭をグングン押しつけ、小声でニャンと鳴いた。
信太郎は、ああ猫らしくて可愛いなあと思って、サビーヌの身体を撫でた。
「須合さん、大丈夫ですか?」
王彦が声を掛けてきた。
「あ、すいません、大丈夫です」
「お寺さんに電話を入れましてね、防犯カメラ映像をリモートで見せて貰いました」
「そうだったんですね。なら芳信君はシロってことでいいんですね?」
「はい。まあ須合さんからしたら、納得いかない行動もあるかと思いますが、少なくとも奥様を殺すようなことはしていない」
王彦は信太郎を力付けるようにそう言った。だが、それで信太郎にはまた苛立ちが湧き上がる。
「しかし、だったらいったい誰が祥子を殺したんですか? 大島家のお家騒動はいい。私は祥子の身に何が起こったのか、そこが知りたい・・・」
信太郎は悲痛だった。気持ちを察したのかサビーヌがまた頭を信太郎の足に擦りつけてきた。
「そのことです。先般御手洗先生からも言われて柔道経験者について大島精機社内を調べて貰ってたんです、くららに」
「誰かいたんですか?」
信太郎が尋ねる。
「くららが調べた限り関係者に柔道経験者はいませんでした」
「そうですか・・・」
「でも、思い出したんです」
と王彦。
「思い出した? 何をです?」
「暫定社長の大島浩一です。黒帯です」
「え?」
「さすがに社長まではくららも調べなかったようですが、以前聞いたことがありました。週に2回道場に通っていると。黒帯だと」
「しかし、まさか社長が・・・」
「でも、専務時代奥様は秘書をしていらしたこともあると・・・」
「ああ、確かに」
「きっと大島家のお家騒動に関係はあると思うんですが、もっと直接的な証拠から奥様の事件についてはアプローチするのもありかなと思って・・・」
突然サビーヌが信太郎の足に爪を立てた。
「痛い!」
信太郎が厳しい目でサビーヌを見る。すると見上げたサビーヌが言った。
『秘書も柔道の有段者だったな』
信太郎は目を見張った。そうだった、あの時動物病院で見た写真だ。やっぱりサビーヌはこうでなくちゃな、信太郎は思った。
「僕からも柔道絡みで」
「どうしました?」
「秘書室の柏木さんて女性いますよね。専務秘書の人です」
言われて王彦もすぐに思い当たる。専務を訪ねた際にいつも出て来る専務付の秘書だった。そして今は社長付の秘書だな・・・と思い直した。
「分かりますよ」
「彼女、高校総体で女子柔道準優勝してます。得意技は一本背負い」
「えっ!」
王彦は絶句した。盲点だった。犯人はてっきり男とばかり思っていた。
だが、秘書室は大島精機上層部と必然的に繋がりは深い。大島家の3人にも秘書が就いているのだ。
「こっちでも調べてみます。それから、明日の夜、捜査会議です」
言われて信太郎は思わず声を上げた。
「げげ!」
しかし、王彦が続けた。
「今度は堂上管理官の家でやります。メールしときますので」
それで電話は切れた。
古いスマホは充電も儘ならなかった。随分長く充電器に繋いでいたが満タンにはならない。特に古い方などは1/3にも満たなかった。
信太郎は古い方のスマホの電源を入れた。
「暗証番号か・・・」
スマホはロックが掛かっていた。これを解除するには暗証番号が必要だ。
「まさか、おまえ暗証番号知ってたりしないよな?」
信太郎が脇に来ていたサビーヌに問いかける。
『940921』
サビーヌが6桁の番号を言った。
「知ってるのか!?」
信太郎はその番号を入力する。するとロックはあっさり解除された。
『そっちのスマホも同じだ』
とサビーヌ。その時信太郎が気が付いた。
「この番号ってーーー」
『おまえの生年月日だ』
信太郎が泣き崩れた。
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