第15話 猫と捜査会議
リビングに戻った信太郎に王彦が頭を下げた。
「須合さん、ウチの妻が申し訳ない」
「あ、いえ」
「だってえ・・・」
猫に威嚇されたくららは王彦の態度に少々不満なようだ。
「向こうは奥さんの寝室なんだろう。そこへずかずかと入り込むなんて礼儀知らずだぞ」
王彦はズバリと指摘した。そうだ、あそこは祥子の寝室だった。そこへ初対面の人間が、それも女がいきなり入り込む。それは問題だなと信太郎も思った。
「猫だってそうだ。そこは自分のテリトリー、大事な場所、譲れない場所、そう思ってるはずだよ。そこへ他人がいきなり来たら・・・。シャーくらいで良かったよ。猫パンチでも食らったっておかしくない」
どうも王彦は猫を飼った経験がありそうだ。
「仲良くなりたいと思って・・・」
くららがさっきよりはだいぶシュンとなって抗弁する。
「猫さんは仲良くしたいと思ってないでしょ、今はさ。時間を掛けないとダメなんだよ。そうですよね、須合さん」
王彦に振られて信太郎は慌てた。自分も猫のことを全然理解していなかったからだ。
「猫は奥さんのだったんですね」
その辺を見透かしたのか王彦が続けた。
「はい。妻が子供の頃から飼ってる猫で、結婚しても連れてきて」
信太郎が答える。すると堂上が尋ねた。
「ご結婚何年ですか?」
「5年です。因みにサビーヌは今年20歳で」
「サビーヌって言うの? 素敵!」
くららが声を上げた。
「20歳とは長生きですねえ。くらら、そんなご高齢猫さんを緊張させるようなことをしちゃいかん。寿命が縮んじゃうよ」
王彦にそう言われて、くららもようやくはっとしたようだ。
「雑賀さんは猫を飼っていたことがあるんですか?」
信太郎が聞くと、
「ええ、実家にはいつも猫がいました」
と答えた。
「そうなんですね」
「まあ、猫はよしとして、そろそろ本題に入りませんか?」
ここで堂上が仕切り直すように皆を促した。
それでようやく皆は席に着き直す。ビール片手にそれぞれの報告が始まった。
『いったい、その客たちは誰なんだ?』
最初信太郎はこの声に気が付かなかった。大人数で話していると紛れてしまう。
『おい。そいつらは何者なんだ?』
サビーヌだった。
「すいません。ちょっと失礼します」
信太郎は席を立つと寝室へ急いだ。
「サビーヌ。だいじなところなんだ。邪魔をしないでくれよ」
ベッドの下から這い出てきたサビーヌが信太郎を睨む。
「何だ、食べたんじゃないか」
空いていた器を見て信太郎が言った。
『当たり前だ。朝から何も食べてないんだぞ』
「ああ、悪かったよ。そしたら、リビングのキャットタワーの上にいたらどうだ?」
『あそこにはもう登れない』
サビーヌが悲しげに言う。
「僕が乗せてやる。高いところなら安心して皆の話を聞いていられるだろう。大丈夫だ、後で降ろしてやるから」
信太郎が申し出るとサビーヌは珍しく了承した。そこで、信太郎はサビーヌを抱えて、リビングに戻った。
「わ、初めて抱き上げたぞ」
信太郎は心の中で歓喜した。
そのままキャットタワーの中段へサビーヌを降ろす。サビーヌはくるりと一周回るようにして足場を決めると横座りになってハンモックの縁に顎を乗せた。
「どうしたんですか?」
と堂上。
「いや、やっと落ち着いたみたいなので。サビーヌにも捜査状況を聞かせようと思いまして。何しろ祥子の娘みたいな猫ですから」
信太郎は言いながら自分の席に戻った。
『その女、こっちに来させるなよ』
サビーヌが信太郎の頭の中に言った。ここに女は法条くららしかいない。
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