第14話 来客

 しかし法条くららはこれ幸いと話を進める。猿渡は黙り込むしかなかった。

「須合祥子さんとはどういうご関係なんですか?」

 美代子は遠くを見ている。

「あの。須合さんとは・・・」

「義理の妹ですわ」

 美代子は一筋涙を流していた。そして一言そう答えたのだ。

「義理の妹さん・・・」

くららが食い下がる。が、美代子の答えは明確だった。

「義父のね、お子さんなの。だから私にとっても義妹です。それで秘書室に押し込んだの。よく働いてくれたのに・・・なんでこんなことに・・・」

 美代子はそう呟くように言う。つまり、須合祥子が大島智の実の娘であることは大島家では周知の事実だったということだ。

 しかも美代子はそんな境遇の祥子を大島精機に入社させたのだ。当然夫大島貞夫技術本部長も知っているだろう。

 専務も広報部長も知っているはずだ。ならば遺産相続争いは・・・法条くららは分からなくなっていた。

「腹違いの子となると、色々確執もおありじゃ・・・」

「そんなことはございません。義父も祥子さんのことは目の中に入れても痛くないほどに愛していらしたし、私ども兄妹も祥子さんのことは本当の妹と思ってましたよ」

 更に探りを入れようとしたくららの言葉を美代子は押しのけた。

「私たちは祥子ちゃんのお葬式も義父と一緒にやりたいの。でも、祥子さんのご遺体はまだ警察から帰ってきていないみたいだから」

 美代子はそこまで言うのだった。


 その夜、雑賀夫妻と堂上警視正は信太郎のマンションに集まった。

 初め信太郎は嫌がったのだが、場所が良いと押し切られた。そりゃそうだ。信太郎のマンションは2LDKの特別に広い部屋というわけではない。

 お互い仕事で忙しい信太郎と祥子にはこれで充分だったのだが、雑賀夫妻と堂上の自宅は超高層マンションの最上階で隣同士だという。

 もちろん直接には知らないが、そのマンションの豪華さとは比較すべくもないだろう。間違いなく。

 4人で家に戻った時、サビーヌはすでに特殊な状況を察知していた。

 サビーヌはさすがに信太郎を玄関まで出迎えたりはしない。けれども、リビングにはだいたい居てニャンと鳴いてくれた。

 ところが信太郎が雑賀夫妻と堂上を連れて玄関を開けた時、サビーヌは祥子の寝室から出て来なかった。

 信太郎は3人をリビングのソファに座らせると着替えるために寝室に引っ込んだ。3人は早速買い込んできたビールを開けている。

 祥子の寝室が開いていることに気が付いた信太郎はサビーヌを探した。

 サビーヌはベッドの下、一番奥にいた。香箱座りではない。四つん這いの警戒スタイルで耳をクルクル動かしている。

「どうした、サビーヌ。晩ご飯を上げるからこっちおいで」

 信太郎はサビーヌに手招きする。だが、サビーヌは怯えたように目を見開いてその場を動こうとしない。

「サビーヌ、ご飯」

『あいつらは誰だ? ここは母上とあたしの部屋だ。誰も近づけるな』

 サビーヌはフーッと荒い息を吐いた。信太郎は猫の習性が分かっていない。

 猫が他人を嫌うのは単なる人見知りとかではない。正体の分からないものは最大の警戒をする。それが人でも動物でもたとえ猫であっても同じだ。

 まして今回は知らない人間が3人も。サビーヌはパニック寸前だった。

 ベッド下に座り込むサビーヌを見て、信太郎はいったん部屋を出た。キッチンの片隅に置いてある器を取ると、計量カップ1杯のキャットフードを入れた。

「え? 猫ちゃんがいるの?」

 いち早くそれを認めたくららが騒ぎ出した。

「どこどこ?」

 信太郎は困ったような顔をして、

「妻の寝室に・・・。警戒してるので、すいません」

そう言ってリビングを出ていった。するとくららが後から付いてくる。

「だから、ダメだって。サビーヌが怖がるから」

 信太郎は心の中で注意するが、はっきりと拒絶することが出来ない。それどころか、サビーヌも少しは愛嬌振りまいたって良いだろうくらいに考えていた。

 だから祥子の寝室に入り込みベッドの下を覗き込んだ時、サビーヌの激しいシャー!を食らった。イカ耳の顔だった。

 それでくららは諦めて出て行ったのだが、信太郎はサビーヌに、

『この部屋から出て行け!』

そう激しく罵られてしまった。

 それで信太郎も猫の器をベッドの下に置くと部屋を出た。

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