第50話 臍の緒

 ここで堂上が雑賀夫妻に尋ねる。

「結局、企業承継問題はどうなったんですか?」

「御手洗先生とも相談して、浩一氏に社長をお願いすることにしました。但し、新たな役員を公募、推薦で選ぶこと。それと外部から副社長を招聘することにします。今東京総研で適任者を探しています」

「会社の体質も変わりそうですね」

と堂上。そして今度は御手洗が口を開く。

「創始者の智翁の時は仕方なかった。だが、たいした人望もない浩一君が専制的な経営をしたところでダメなんだ。そもそも、それが今回の悲しい事件を産んだ土壌だよ」

「刑部常務は?」

と堂上。

「背任で懲戒解雇はやむを得んな」

「大島貞夫氏はどうなるんですか?」

と続けて堂上だ。

「難しい問題だな。日本にはスパイ罪などないからな。やはり背任で懲戒処分だが、彼のエンジニアとしての才能は必要だ。降格というところかな。彼にやる気があればの話だが」

 信太郎が尋ねたのはパテント・トロール美加登のことだった。

「美加登を罪に問えるかどうかは微妙ですが、大西の詐欺、恐喝などは当然裁かれる。大西との関係性が証明されれば刑務所に送ることも出来るかもしれない」

 信太郎の質問には堂上が答えた。

「それにしてもサビーヌさんの推理は恐れ入りました」

 突然王彦が笑いながら話した。

「サビーヌさんというより須合さんの推理でしょ」

 堂上が正論を言う。

「いや、あれはサビーヌさんでしょ。須合さんは、だって全然分かってなかったじゃないですか」

 そう正面から言われると信太郎も気分が悪い。だが、これにすぐ反対したのは御手洗だった。

「須合さんの調査力と観察力、洞察力の賜物だろう」

「そうなんですか? 私はてっきりサビーヌさんが・・・」

と王彦はまだ言っている。

「まあニャンコに殺人事件が解決できるなら私たちや真ちゃんの出番はなくなるわ」

 くららは猫の能力にはあくまで否定的なようである。

 だが、これに信太郎が反論する。

「サビーヌをただのニャンコと一緒にしないでください」

 信太郎はサビーヌが母と慕う祥子のために仇を取ったのだと説明しようとした。

「サビーヌには不思議な・・・」

『黙れ!』

ところが突然信太郎の頭の中に大きな声が響いてきた。

『おまえがやったことにしておけばいい!』

「サビーヌ!?」

 信太郎が振り返るとそこにサビーヌがいた。サビーヌはそのまま信太郎の膝に飛び乗ると「ニャーオ!」

と一声鳴いた。そして、

『おまえの手柄にしてやる。あたしは母上の無念が晴らせただけで十分だから』

と信太郎に言った。

 サビーヌが現れたところで今度は猫の話題になった。

 王彦が実家の猫の話をする。横になった猫の前足と後ろ足を2本とも持って勢いつけて床を滑らせる遊びだ。そう、猫は間違いなくこれを遊びだと思っていた。

 その証拠に床を滑って、止まるとまた戻って来てドタリと横になるのだそうだ。もう一度やって、ということである。

「何度もやるんですよ。楽しいんでしょうね」

 王彦は猫愛に溢れていた。だが、サビーヌは何も反応しなかった。

「そう言えば、智翁の葬儀の時なんですが」

 王彦が急に話題を変えた。

「何かあったんですか?」

と堂上。

「参列した上司から聞いたんですが、智翁のお棺の中に臍の緒が入っていたって言うんです」

 王彦が言う。

「へえ? 何それ? 臍の緒ってたまに持ってる人いるよね。それを棺桶に?」

くららが笑いながら言った。

 すると御手洗が解説する。

「臍の緒は赤ん坊が母親と繋がっていた臓器の一部だ。母子の絆として大事に保管する風習があるな。よく小さな桐箱に入れてきれいな布で包んでたりする」

 くららがふうんと頷く。

「この臍の緒を棺に入れると、あの世で間違いなく親子は再会できると言い伝えがあるんだ」

「再会できる?」

「あの世も広かろう。迷ったりしないように臍の緒を持たせるんだな。何しろ母と子を繋いでいた物だからな。これがあれば間違えないと信じられていた」

「80過ぎの爺さんでもお母さんに会いたい?」

「そりゃ、歳は関係ないだろう。智翁も母恋しいのはいっしょだ。あの男も何かそういう想いで商売をやっていたのかもしれない」

「それであっちこっちに女を!?」

くららが騒いだ。

「理由になんないね!」

 くららにはあの爺は許しがたい男に映る。智翁の非嫡出子の存在など、この事件の種とも言えるのだ。

『おい。あたしと母上には臍の緒はないのか?』

 サビーヌがこの話に興味を持ったようだ。

「ええ? おまえの母猫は別にいるだろ。祥子との臍の緒はないよ」

 信太郎がサビーヌの耳元で囁いた。

『そうか・・・』

サビーヌはそう言って目を閉じた。

 こうしてひとしきり話した後、一行は帰っていった。今回は一滴の酒も飲まずに。

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