第49話 四十九日
四十九日の法要はネットで見つけた僧侶に頼んで自宅マンションで執り行った。今度こそ信太郎とサビーヌだけである。
「便利になったもんだ。坊さんがネットで頼めるなんて」
『手抜きのようにも感じるがな』
サビーヌである。
「そう言うなよ、どっちにしてもまだ墓もないんだ。このやり方が一番良かったんだよ」
『で、全部済んだのか?』
「ああ。三木智子は起訴され検察に送られた。これから長い裁判が始まるが、もういいや」
信太郎がサビーヌに答える。
『もういい?』
サビーヌが納得しかねると言った雰囲気で聞き返す。
「うん。少なくとも大島家の人たちに祥子を恨む気持ちや、まして殺意なんかはなかった。家族が欲しかった祥子にとっては不幸中の幸いだと思う」
『そうは言っても裏切られた部分もある』
「まあ、確かにな。美代子なんか優しくしてたのが手懐けて相続放棄させる腹だったしな」
『そうなんだが、母上はその辺分かった上であの女とは付き合ってたのかも』
サビーヌがニヤリと笑ったように見えた。
『ようは、親戚の中には悪人じゃないけど、ちょっとずるいおばちゃんもいるよな的な』
それからサビーヌは香箱座りのまま顔をカーペットに着けて短い間眠った。
「そんな格好で苦しくないのか?」
目が覚めて顔を上げたサビーヌに信太郎が尋ねる。
信太郎はネットで墓を探していた。
『考えたんだが、智子という女も可哀想なのかも知れないな』
サビーヌが意外なことを言った。
「どうしてさ? 無慈悲に祥子をビルの屋上から投げ殺した犯人だぞ」
信太郎がムッとしたように言う。
『それはそうだが。あの女あたしと同い年で、人としてはまだまだ未熟じゃないのか? でも境遇は母上と同じく妾の子だ。しかもあの毒親じゃ・・・』
サビーヌがそんなことを言った。
現実に事件に全く登場しない智子の母親だが、むしろ中心にいたという気さえする。
あの日サビーヌの推理を堂上は正しいと判断した。だからサビーヌの描いた筋書に沿って証拠を集めていった。
警察で行ったDNA鑑定で大島智と智子の親子関係が確定した。もっとも殺人者となった智子にもとより相続権はないのだが。
智子の母親は裁判所でDNA鑑定をするつもりだった。そして大島家に智子を認知させ、財産分与の訴訟を起こす計画だった。
母親はとにかく金、金、金と智子に言い聞かせた。刑部常務との恋愛も駆け引きに使えると考えていたようだ。娘がそこまでのめり込んでいるとは思っていなかったのだろう。
物証もいくつか見つかっている。捏造された祥子の遺書だ。
この遺書の元ファイルが智子の社用パソコンから発見された。ゴミ箱で消去しても復元できることを智子は知らなかったようだ。
また智子の制服から微物鑑定の結果、祥子の私服の繊維片が多数発見された。
再鑑定の結果祥子の私服の特定の場所に付着していた繊維片が智子の制服の物であることも確定する。
それぞれは智子が祥子の腕を掴み背負った時のものであろう。
祥子が事務方に異動しており私服で勤務していたことで、繊維片の交換は有力な物証となった。
ちなみに智子は高校2年まで柔道をやっていたことが分かった。動物病院に飾られていた写真には確かに智子が映っていたのである。
周到に見えて、智子は決して完璧な殺人者というわけではなかったようだ。
『おまえ、今度は何を探してるんだ?』
サビーヌがパソコンを睨んでいる信太郎に言った。
「うん。お墓だよ。いずれはお墓に入れてあげないと・・・」
『墓を買うのか?』
「すぐには無理だ。何しろ高いからな」
『墓というのは高いのか?』
「そうだな、結構するな」
信太郎と話しながらサビーヌは再び頭を下げていた。また眠ってしまったようだ。
その日の夜、須合家に来客があった。
「え? もう捜査会議はやりませんよ」
雑賀夫妻と堂上管理官、御手洗教授の4人が揃って玄関前にいた。
「今日は祥子さんの四十九日でしょ。お線香を上げさせていただこうと」
代表してくららが百合の花束を差し出しながら答えた。
信太郎が花瓶に花を活け祥子の隣に置く。一同が順に線香を上げると、それぞれいつもの席に着いた。
信太郎がお茶を入れる。
「そうですか、ネットでお坊さんを」
「祥子の実家はもちろん、うちにも菩提寺とかないので。ネットで探しました」
信太郎が答えた。
「それでいいんじゃないか。四十九日は亡くなった方がいよいよあの世へ行かれる旅立ちの日じゃ。須合君が送ってあげるのが一番だよ」
「はい」
「本来なら納骨なんでしょうけど、お墓もなくて。結構するんですね、墓って」
「まあゆっくりでいいんじゃないかね。話は矛盾するが、祥子さんも今しばらくはここにいたかろうて」
と御手洗が優しく信太郎に話した。臨時役員会での恫喝とは大違いだ。
すると堂上が畏まって信太郎に頭を下げた。
「今回はすっかりお世話になってしまって。ご協力に感謝します」
頭を下げられて信太郎の方が恐縮してしまう。
「いいえ。こちらこそ大変お世話になりました」
と信太郎も頭を下げる。
くららが辺りを見回しながら信太郎に尋ねた。
「あの。サビーヌさんは?」
「サビーヌは寝室で眠っています。最近は一日中眠ってて・・・」
「そっか・・・。じゃあ、これ。フランスから取り寄せたキャットフードなんだ。栄養価の高い高齢猫さん用なんだけど、美味しいって」
「いや別に我々が食べてみたわけじゃないけどね」
王彦が続けた。
「よかったら、どうぞ」
「ありがとうございます」
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