第48話 そして惨劇・・・

『三木智子の母親は遺産相続に名乗りを上げようとした。認知されていない非嫡出子だ、今のままでは相続権はない。まずは裁判を起こしてDNA鑑定で智子を智翁の子と認知させなくてはならない。その上の財産分与交渉になる。智子の母は焦っただろうな。智翁に認知させれば良かったのを裁判沙汰にしなくてはならなくなったんだから』

 ここで御手洗が口を挟んだ。

「智翁が急死したのが誤算だった。子供たちが相続を放棄し、妻が一括相続すれば、智翁の遺産相続はあっという間に完了してしまう。そこへ口を出すには裁判を経て故大島智の子であることを勝ち取ることが第一条件だ。時間の掛かる話だ」

『智子はやむを得ず、祥子の遺産相続放棄を止めさせ、手を組むように言ったんだろうな。🦏DNAの暗号はこのことだ。三木智子の計画を聞かされた事が書いてある』

「むう・・・」

 信太郎は唸った。この暗号は意味が分からないまま放置してあったのだ。それをサビーヌが・・・。

 猫は小さな頭の中で哲学を考えていると言ったのは誰だったか。信太郎は不思議な感覚に囚われていた。

 今まで座っていたサビーヌが横座りに身体の位置を変えた。目を瞑っている。

「どうした? サビーヌ」

 信太郎が話し掛ける。

『疲れた・・・』

「そうか、少し休むか」

『いや、速くこの話を終わりにしよう』

 サビーヌはそう言うと惨劇の説明を始めたのだ。

『母上は、少し緊張感が足りなかったかも知れない。それが母上らしいところで、この男を伴侶に選んだのもそう言うことなんだと思う』

 信太郎が皆の方を向くとサビーヌの語るところを言葉にしていった。

「祥子は、この期に及んで家族と話をしようと思った。説得、というよりお願い、理解して貰いたいという気持ち、だったんじゃないかと思う。祥子は先ず大島貞夫夫人の美代子と話をした。簡単なことだ。遺産相続放棄の件、受け入れようと考えた。その代わり智子のことを助けて欲しいとお願いしたのだろう。お人好しなことだが、祥子には智子の境遇が我が身と重なって他人事ではなかったんだろうな。次に佳那と話すことにした。刑部常務とのことは本気なのか問い質したうえで、祥子は一緒に泣こうと思った」

「一緒に泣く?」

『そうだろ? この恋、どうにもならないだろ? 仮に刑部が妻と別れてというなら応援もするが、多分そうはならないことは佳那も承知だろう。後は一緒に泣いてあげるしかないじゃないか』

「そんな一面が妻に・・・」

『母上にも辛い恋もあった』

 サビーヌがウインクした。

「なにい!」

気色ばむ信太郎。だが、

『最後の勝者はおまえだ。余裕に構えればいい』

 それで信太郎はまた通訳に徹する。

「ただ大西は許せなかったと思う。承継問題で暗躍したことよりも弟のことだ。すでに大西の正体は見破っていた。だから美代子と話したのだ。そして最後に柏木に会った。柏木には職場の先輩として刑部常務との恋は諦めるよう言ったんだろう。常識的に言ってそれしかない」

「つまり屋上へ上がった3人は奥様が呼び出したんだと、そういうことか?」

 王彦が発言した。すると信太郎がサビーヌの代わりに肯定した。

「その通りだ。スマホのカレンダーを見ても、暗号文を見ても、そう思う」

「サビーヌ、じゃあⓂ🫶🎂この意味は?」

『佳那さんのお腹に宿った命に、おめでとう』

「え!?」

 いきなりくららが声を上げた。

「佳那さんは刑部常務の子を妊娠?」

『そういう意味だろう。この暗号は。だからこそ佳那と一緒に泣いたんだ』

サビーヌが言った。

「祥子さん、どこまで優しいの」

 くららは目に涙をためていた。

「さて、この祥子の行動を見ていたのが三木智子だ。それぞれと話した後、祥子は1人屋上で佇んでいた。どれも解決できたとは言えない話し合いだったはずだからな。1人でいたかったんだろう。ところがその祥子の前に三木が現れた・・・。三木は周到だったはずだ。その証拠に15階のエレベーターホールに姿はない。非常階段を来たんだろう。そしてドローンはもういない。祥子1人の姿を映して飛び去っていた」

 堂上が恐る恐る手を挙げていた。気が付いた信太郎が堂上を指す。

「ドローンの存在。ああ、屋上を映していると言ったのは三木智子なんですよね?」

「そうです。三木が僕に教えてくれました」

これは信太郎だ。すると今度は堂上が解説を始めた。

「ドローンのことを話せば、屋上に通じるエレベーターホールの監視カメラも調べられることは想定内でしょう。つまり、この日のドローンには須合祥子さんが1人で屋上にいるところが映っていると承知で旦那さんに教えた。怪しい面々が祥子さんと話しただろうこと、恐らくそのうちの1人が屋上に戻って投げ落としたと思うように・・・」

 堂上の解説に皆が納得した。

「でも、殺人は突発的なことだった。三木は祥子と手を組みたかった。似たような境遇だったから。だけど、たぶん祥子は若い三木にあの男は止めろ、刑部は不誠実な男だと言ったんだろうなあ。佳那を妊娠させてるんだ、当たり前だ。だけど、三木はそれを聞いて逆上したか・・・。智翁の扱いの差も考えたか。母親による刷り込みもあったかもな。で、三木はいきなり祥子に足払いを掛け腕を取って屋上の外へ投げ飛ばした」

 信太郎はハアハアと肩で息をしている。そんな信太郎を見ながらくららが質問した。

「でもサビーヌさん。三木智子は小柄な女性ですよね。祥子さんを投げ飛ばすことなんて出来たんでしょうか。柔道経験者だったんですか?」

するとサビーヌが信太郎の頭の中に言った。

『あの動物病院にあった写真の子だ。常連のおばちゃんがサトちゃんと言ってた。聞いてただろ?』

 信太郎には全く覚えがなかった。

『ふん。注意散漫な男だな』

サビーヌが言い放つ。ここは信太郎は通訳しなかった。

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