第47話 サビ猫サビーヌの推理2

『三木智子、いや主犯は多分母親の方だろうな。全てを計画するには若過ぎる』

 サビーヌはこう切り出した。

『恐らくだ、最初まとまった金を貰って三木智子の母親は納得していたのだと思う。しかも智子は智翁の口添えでプライム上場の大島精機に入社できた。親子は納得していたはずなんだ』

 だがここで信太郎が口を出した。

「だけどサビーヌ。何でそんなことが言えるんだ?」

『おまえは聞いたんだろう? 向山秘書室長に。三木智子の母親のことやこの会社には様々な情実入社があるってことも。智子が情実入社だってことは充分想像できる。というか向山室長なら全部知ってるんじゃないのか? そういう風に聞こえたはずだ』

 指摘されて信太郎は口を噤んだ。確かに向山はそんな話をした。今にして思えばサビーヌの言う通りの想像は出来る。

 サビ猫サビーヌは信太郎がダラダラと話した内容を全て記憶していた?!

 ところが御手洗から催促が来た。

「いいから、先を続けてくれんか。サビーヌさんの意見を是非聞きたい」

 それで信太郎はサビーヌを促した。

「母上が大島精機の社内事情や大島家の内情について理解出来たと同様に、三木智子も状況を把握した。佳那の不倫のこと、柏木秘書とのことも。そして更には母上が大島智の間者としてこうした動きを調べていると」

 信太郎はここまでサビーヌの翻訳をしたが、思わず反論する。

「祥子は間者なんかじゃないぞ!」

 サビーヌも同意だ。

『分かってる。母上は家族の問題を家族として解決したかったんだ。でも三木智子にはそうは理解出来なかった。社内の状況を、大島家の実情を智翁に報告するスパイに見えたんだろう。所詮育ちの違いなのさ』

 信太郎は何か言おうとしたが、今度は王彦が口を出す。

「いいからサビーヌさんに先を続けて貰ってください」

『三木智子には裏の顔があるはずだ。でないと社内で受付嬢と刑部常務が仲良くなるのは不可能に近い。恐らく三木は銀座の母親の店に出ているんじゃないだろうか。そこで刑部に接近、いい仲になる。いや、三木智子は本気だったかも知れない。まだ老獪なベテランホステスって訳じゃないだろうから』

「なるほど・・・。で?」

 王彦が先を促す。信太郎はもう口を挟むのを止めた。サビーヌの通訳に成りきることにした。

「そして三木は刑部の社長追い落としの企みがあることを知る。そして母上がその弟共々自分と同じ境遇でありながら智翁に認知されていることを」

 信太郎はここまで聞いて唸り声を上げた。だが、何も言葉にしなかった。

 サビーヌは続ける。信太郎はそれをそのまま人の言葉にした。但しサビーヌが言う母上のところは祥子と言い換えて。

「しかも、祥子は同じ社内にいて智翁に篤く用いられている。弟の芳信にはかなりの金が、自分たち親子が貰った金額とは段違いな大金が支払われた事実も。智翁の扱いの差を、特に三木智子の母親はどう思っただろうな」

 一同は黙って信太郎の言うことに耳を傾けている。それが猫のサビーヌが言っていることなんだと、本当に信じているのか。信太郎は半信半疑だ。

「智翁憎しの思いは、それを受け継ぐ浩一への反感になるだろう。刑部常務と思惑が一致する。一方で恋敵とも言える柏木秘書と大島佳那への嫉妬心は抑えられない」

 あまりに人間的だ。三木智子を中心とした人間模様のことだ。ここまで分かるのか? 信太郎にはサビーヌが猫とは思えなくなってきた。

「とは言え、三木はだから自分で何が出来るとは思っていなかっただろう。会社承継問題の結末を、大島家の行く末を、そして三角関係の刑部常務、佳那、柏木秘書の泥沼を見届けるつもりだったと思う。ところが、智翁が先に動いた。これを聞いた三木智子の母親が対抗したんだと思う」

「サビーヌ、智翁が動いたとはどういうことだい?」

 溜まらず信太郎がサビーヌに問いかけた。

『三木智子は会社をクビになりそうになるんだ』

「え?」

「ああ、その話は滝口弁護士から聞いたことがあります。そうか、智翁にしたら智子のことを単なる傍観者とは思えなくなった・・・そうですね? サビーヌさん」

「そうだよ、王彦さん。智翁が亡くなって後は未亡人一括相続を計画したわけだから、当然智子は邪魔だ。ただ智子の存在は誰も知らなかったんじゃないかと思う」

「なるほど。サビーヌさん凄いです」

と王彦が手を叩く。

 王彦の拍手に同調するようにくらら、御手洗、そして堂上まで手を叩き始めた。信太郎は何だ、この空気は? と訝しがる。

 が、サビーヌは淡々と話を進めた。これからが本題なのだ。

『このタイミングで祥子は三木が自分の妹であることに気が付く』

「な、なんでだよ? 何でそんなことが分かったんだ?」

 信太郎がまたしても口を出した。

「母上のスマホの暗号だが、こういうのがあったな。♡♤ ♡」

「あ、ああ」

と信太郎。

「一番上の♡は当然母上だ。次の♤は芳信だ。1つ空いて2つ目の♡、これが三木智子を指すのは当然だろう。母上も鋭いからな。三木の情報を色々見るうち別の非嫡出子だと気が付いたんだ。ここからは推測だが、母、いや祥子は智翁と連絡を取った。で、クビになんかしないでくれと頼む。自分がちゃんと話をするからと。それで智翁は納得した」

 サビーヌは更に続けた。

「だが、智翁が急死したことで承継問題も大島家も、三木の恋愛も急に動き出したのだ」

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