第46話 サビ猫サビーヌの推理

 堂上がワインを一口飲んだ。

「どういうことなんだ? 容疑者が全員それも非常に近い時間帯に屋上にいたというのか?」

御手洗である。

「もしかしたら全員が一緒にいた可能性も?」

と王彦。

「まさか全員が結託して祥子さんを・・・?」

これはくららだった。

「そこで、須合さんが聞き出した重大な情報の登場です」

 堂上が声を上げた。全員が堂上を見る。

「大島精機本社ビルと研究所を結ぶドローンの運航については警備室で管理していました。そして祥子さん殺害当日の運行は午前10時半出発となっていました。そして警察ではこのドローンを押収、智翁の取り付けたカメラを発見しました。データは智翁のスマホに蓄積されるようになっていました」

「堂上さん、前置きはいい。結論を言ってください」

 信太郎が我慢ならずに堂上に文句を言った。

「須合さん、さっきも申し上げたように結論はないんです。今のところは」

「どういうことかな? ドローンの運航時間と犯行時間はぴったり重なるわけだ。そのカメラに写ってないのか?」

御手洗教授が口を出した。

「カメラには屋上にひとりで佇む須合祥子さんだけが映っていました。時間にして7〜8秒です。祥子さんの他屋上には誰も映っていません」

「な、なんだと! じゃ、じゃあ誰が祥子を!」

 信太郎が泣き喚く。

「この後戻って来た誰かが祥子さんを襲って、投げ落としたと思われます。もちろん第3者が来て・・・とも考えられるが、屋上を使う人たちは限られていると言うことなので・・・」

 堂上が説明した。

「明らかに除外できるのは浩一専務だけか・・・。後の人間は大西を含めて可能性がある。例えば、刑部常務など関係者のアリバイは調査済みなんですよね?」

 王彦が言った。そして堂上がそれに答える。

「もちろんです。刑部常務はこの時間取引先へ出掛けていました。裏も取れています」

 続けて堂上が大西について報告した。

「それとお尋ねだった帝都興信サービスの大西ですが、美加登正三の子飼いでした。汚れ仕事を請け負っていたようです」

「なるほど。では犯人は大西、美代子、柏木、佳那の4人の内の誰かだ!」

王彦が珍しく大きな声を上げた。

「理屈ではそうなるわね。しかも一本背負いで祥子さんを投げ飛ばせるのは大西、柏木の2人。大西は柔道経験者かどうかは分からないけど、プロだから。偽装したんだと思う」

 くららが理詰めで犯人を2人に絞ってみせた。

 信太郎は完全に混乱していた。くららの推理を尤もだと思う。柏木は柔道の技があるし、大西なら一瞬で祥子を殺せるだろう。

 ただ美代子という説だって捨てきれない。表向き祥子に優しくしていた美代子だが、その実遺産を巡っての思惑があったのでは。

 佳那はどうだ? 不倫を指摘され、そのことを兄浩一に告げ口されるかも知れないと思う可能性はある。兄に対して謀反を起こそうとしていたのだ、祥子を始末する理由になるだろう。

 だが、どれも決め手に欠けた。憤懣遣る方ない信太郎は空を睨んだ。そこに猫の顔があった。

「うわ! なんだサビーヌ、いつの間に高いところへ」

 サビーヌがキャットタワーの中段に上がって信太郎を見ていたのだ。

「そこへよく上がれたな」

『今日は調子がいい。それより気が付かないのか?!』

 サビーヌが信太郎に吠えた。その厳しい言い方に信太郎は狼狽える。

「な、何を言ってるんだ。サビーヌ」

 王彦たちは喧々諤々けんけんがくがく推理合戦の最中で誰も信太郎とサビーヌの会話が始まっていることに気が付いていない。

『犯人は三木智子だ』

猫が明言した。

「え? 本当か? どうして?」

信太郎は思わず大きな声を上げていた。それで皆が信太郎を注目する。

「須合さん、どうしましたか?」

「あ、いや。その、あの。」

 信太郎がバタバタし出す。サビーヌが信太郎にもう一度テレパシーを送った。

『犯人は三木智子だ、間違いない』

 信太郎は儘よとばかりにサビーヌの言うことを繰り返した。

「犯人は三木智子だ、間違いない」

 リビングにいる全員が信太郎を注目する。

「どうして?」

言い方は違ったが全員が同じ事を口にした。

「サビーヌ」

 溜まらず信太郎はサビーヌを見る。今度は全員の視線がサビーヌに集まった。サビーヌは全員を見廻してから、

「グルグルニャーン」

と鳴いた。

「何かをしゃべっているようだ」

 王彦が騒ぎ出した。すると今度は、

「グーッフ、グーッフ、グーッフ、ニャアアン」

とサビーヌが鳴いた。

「須合さん、サビーヌさんは何て言ってるんですか? サビーヌさんには犯人が分かっているんですね」

 王彦が前に出てきた。興奮状態だ。

「サビーヌ、分かった。おまえの推理を聞かせてくれ」

 信太郎が猫に縋るように言う。サビーヌはその理由を説明しだした。それを信太郎が言葉にして皆に伝える。

「まず、物証については私は知らない。物証を探すのは警察の役目だ。堂上管理官よろしく頼む、と言ってます」

言われた堂上は目を丸くしていた。

『三木智子は大島智の非嫡出子のはずだ。理由はいくつかあるが、名前だ。智子は智に繋がる。前社長の名だ。もちろん本人が付けたわけではないだろうから母親を探すべきだ。銀座のクラブ辺りを探すんだな。特に金に窮した女を』

 すると堂上がいたって冷静に猫に問い質した。

「つまり三木智子は大島智が銀座のクラブの女に産ませた子で・・・」

これに対して信太郎が答える。

「認知されていません。相続権はないんです。だからこそ、裁判を起こしてでも権利を主張する計画だった。一旦相続が確定してしまうと思い通りのものを受け取るまでに長い時間が掛かる」

 だが猫の説明は三木智子の事情を説明したに過ぎなかった。それがどうして祥子の殺害に繋がるのか。

 信太郎の心の中を読んだように、

『問題は動機だ』

とサビーヌが続けた。

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