第45話 殺人事件現場

 信太郎は思い出した。柏木秘書が祥子が佳那に叩かれるのを聞いたと以前言っていたのだ。

「頬を赤くしてました。私のところに駆け込んできて、どうしようって。でも、どうしようもないんですよ。そういうことは」

 向山がチラと時計を見た。そろそろ潮時かも知れない。信太郎は思った。

「それで、私は刑部常務秘書から祥子さんを外して専務秘書に」

「ああ、なるほど」

「それしかしようがないです。ところが、後釜につけた子が今度は常務と・・・。全くあのエロオヤジが!」

 向山は思い出して悪態をついた。ここで信太郎は自分の推理を話した。

「それって、三木って娘ですか?」

 信太郎には受付で見た三木の常務に対する愛情とも取れる笑顔が強く印象に残っていた。

 だが、

「違いますよ。三木は受付ですから。柏木です。柏木優花。刑部常務と出来ちゃって。しょうがないから、外して専務秘書の祥子さんと交代させたんです」

向山が勢いで答えてくれた。

「でも、どうして分かったんですか?」

「え? ああ。匿名のメールが来たんですよ、私に。おおかた柏木を良く思わない誰かでしょうけど。足の引っ張り合いなんです。そういうところなんです秘書室は」

 向山室長は半ば投げやりに言い放った。

 でも祥子はそこへどう関わるのか・・・。信太郎には皆目見当が付かない。

 向山との面会を終えた信太郎は初めて大島精機ビルの屋上へ出てみた。受付嬢の三木が信太郎に付き添う。

「ここは鍵は掛けてないんですか?」

信太郎が尋ねる。

「はい。ここは常時無施錠です。物騒ですよね。鍵くらい掛けとけばいいのに」

と三木が言った。

「何か理由が?」

「ううん。多分社長がよくここで休んでおられたからじゃないでしょうか?」

「社長って、智翁?」

「あ、そうです。もう来なくなって久しいのに慣例で開けっ放しに」

「よく皆さんも来るんですか?」

「いえ、それはないです。ここを知ってる人はほとんどいません。智社長がここへ来ることを知っていた秘書室の人間と技術本部長、広報部長くらいではないですかね」

 信太郎は祥子が落ちたとされる場所に近付いた。まさに事件現場だ。下を覗き込むと足が震える。どんなにか怖かっただろうと思いが甦る。

 地面に叩きつけられるまでの1秒か2秒か、祥子は何を考えたのか。信太郎は切なくなってしまった。

 すると三木がこんなことを言い出した。

「この屋上って、社長が利用するだけじゃなくて、社長が見張ってるんですよ」

 信太郎は慌てて三木の方を振り返った。

「どういうことですか?」

「ウチの研究所が5キロほど先にあるんです。そことの郵便物や書類、他にも小物ですかね。運ぶためにドローンで定期運行してるんです」

 信太郎も聞いたことがあった。

「自動運転で当局の許可を得て実証実験をやってるとか」

「そうなんです。で、ドローンの発着所が向こうの守衛所の屋根の上にあるんです」

 三木は言ってビルの反対側を指差した。つまりドローンは定期的にこの屋上を飛び越えて反対側の研究所へ飛んでいくのだ。

「智社長が誰にも内緒でこのドローンにカメラを仕掛けてあって、通過する時間にここを見てるって」

 爆弾発言だ。三木はいったい何を知っているのか。信太郎は続けて尋ねた。

「智翁が見ていた?」

「ええ。スマホで見られるようになってるんです。但し、社内Wi−Fiが届くここだけです。だから問題ないんだって」

 三木が朗らかに答えた。

「何時に飛んでるんですか?」

「午前と午後2往復です。乗せる物に依るので時間は正確じゃありません。風が強かったりすれば飛ばないし」

 何故そこまで詳しいのか。信太郎は三木に益々疑念を抱く。

「あなたは・・・?」

「私は三木智子20歳です」

 三木は堂々と名前を名乗った。


 何度目かの捜査会議。いつものメンバーがまたしても信太郎の部屋に集まっていた。ワイン、ビールの他、今日は堂上母の手作りの料理が並んでいる。

 タッパに詰めて来て今電子レンジで温めたのだ。サビーヌにはチュールが差し入れられた。

 サビーヌは皿に盛られたチュールを舐めながらキャットタワーの下段にいた。ここは皿の置けるスペースがある。

「で、犯人は!?」

 信太郎が勢い込んで堂上に迫った。

「先ず状況を説明します」

と堂上。

「説明はいい。誰が祥子を殺ったんだ!」

「須合さん、まだ犯人は確定していません。申し訳ないですが、もう少し裏付け捜査をしないと・・・」

 堂上は信太郎にいったん詫びを入れると説明を始めた。

「まず、雑賀さんから提供のあった来訪者名簿の件。事件当日、大島美代子と帝都興信サービスの大西が本社ビルに来ていたことは間違いありません。社内の監視カメラの解析から証明されました」

「誰と会っていたんですか?」

王彦が問い質した。

「美代子はまず技術本部へ行き、貞夫と会っています。その後秘書室へ行き須合祥子さんを呼び出した。15階のエレベーターホールの監視カメラに捉えられています。恐らく屋上へ上がったものと思われますが、屋上への入口にはカメラはありません。但し、5分して美代子だけエレベーターホールのカメラに写っていました。祥子さんは非常階段を使ったのでない限り、15階から降りていないことになります」

 堂上は一息つく。

「大西ですが、訪問先は大島佳那でした。佳那としばらく話をしていたようですが、その後ふたりは15階のカメラに。大西はすぐに戻ってくるんですが、佳那が戻るのは15分後くらいで、大島美代子と入れ違いです」

 堂上の報告を聞きながら皆は思い思いにメモを取っている。信太郎だけがただジリジリと堂上の結論を待っていた。

 するとサビーヌが信太郎に言った。

『全部理解しているのか?』

「何だ、サビーヌ。理屈なんていいよ。僕は早く結論が聞きたい」

『とんだ馬鹿男だな』

サビーヌが吐き捨てた。

 堂上が話し出したので信太郎は反論しなかった。

「15階のこのカメラには更に面白いものが映っています。大島浩一暫定社長が秘書の柏木優花と屋上へ上がったかも知れない」

「浩一と柏木秘書が!?」

「美代子が屋上へ上がった15分後に屋上へ。もちろん15階のエレベーターホールにいたと言うだけで、屋上に行ったかどうかは分かりません。15階のどこかの部屋にいた可能性もあります。柏木は10分ほどで戻って来ますが、専務は1時間30分後にようやく戻ってきました」

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