第31話 金と家族と

 だけど雑賀王彦は静かに先を続ける。

「芳信さん、あなたが祥子さんと連絡を絶った理由はもうひとつありますよね」

 信太郎は王彦の方を振り返った。

「ええ、確かに」

「それはどういうご事情ですか?」

「大島社長に会う数週間前から誰かに尾行されているような感じがしていました。写真を取られているような、そんな感じです。で、ついにその人物が接触してきたんです」

「その人物とは?」

「帝都興信サービスの大西という人です」

 名前を聞いて信太郎は飛び上がりそうになった。大声を出しそうにもなった。それで慌てて自分の口を押さえたくらいだ。

「帝都興信サービスの大西はなんと?」

 王彦が聞く。

「大島精機から相続放棄するように要請はあったかと聞かれました」

「それで?」

「大島精機と自分は何も関係ないからと・・・」

「大西はどうしましたか?」

「脅されました」

「脅された!?」

 信太郎が今度こそ叫んだ。

「いずれそう言ってくるから、絶対に乗るな、と。相続は膨大な金額になるからって。でも、自分は父親に会ったこともないし、他人なんだって。だから遺産など貰うつもりはないと言い返したんです」

 芳信はうっすらと額に汗をかいていた。嘘を言っているわけではないのだろう。当時のことを思い出したのだ。

「すると、大西はおまえが遺産放棄すれば、おまえの命はないと・・・」

 それで芳信は渋々大西の言うことを了解した。

 程なく大島智が現れた。芳信は大西のことを智に話した。智はこっちで話をつけるから安心しろと言った。

「全部分かっているような口ぶりでした」

芳信が言った。

「話してくれてありがとう」

 王彦はそこまで聞き出すと席を立った。慌てて信太郎も席を立つ。

 芳信が何か言いたそうに信太郎を見た。だが、信太郎はもう芳信と話をする気になれなかった。


 帰りの新幹線は空いていた。王彦と信太郎は缶ビールと焼売で東京へ戻ることにした。

「あいつ・・・、結局金で家族を売ってしまったんだ」

 信太郎が吐き出すように言うと、ゴクリとビールを飲んだ。

「仕方ないんじゃないですか?」

 王彦は結構あっさりしている。

「どうして?」

「彼は幼い頃から家族に恵まれなかった。実の母親に捨てられ、養子に行った先からまた養子に。やっと掴んだ家庭もすぐに事故で崩壊。グレて犯罪者にでもならなかったのは逆に立派だと思うよ。1人でしっかり勉強もしたんでしょう。あいまいで最終的には信用できない家族っていうものより金の方がよっぽど信用できたんじゃないですか? 彼にとっては」

 信太郎は裏切られた気持ちばかりが先行していた。だが、王彦の言葉を聞けば当然のことなのかも知れない、そう思った。

「でも芳信は大西が怖くて身を隠した。そういうことですか?」

 だが、王彦の見解は違っていた。

「いや、これ幸いと大島智から貰う金を上乗せさせたんでしょう」

「上乗せって」

「だって、大西が芳信に迫ったのは智が来る前ですよ。芳信にとって大島智が自分のところに来るなんて信じられないでしょう。今まで一度も会ってないし、援助もして貰ってないんだから」

「それはそうですが・・・」

信太郎はまだ合点がいかない。

「当然大西は金を提示したはずです」

「え? 金を?」

「そうですね、500万くらいでしょうかね。これで智の申し出を断れ。我々が味方するから遺産を相続しろってね」

「500万ですか、受け取りますかねえ?」

「受け取るでしょう。遺産を放棄しろじゃないんですよ、遺産を相続しろですからね。どっちへ転んでも損はないし」

「ま、まあ、確かに」

「で、すぐに大島智が現れて・・・。引き出す金を上乗せさせるのに大西の脅しを使った。まんまと5千万を引き出し、あのマンションは身を隠すのに智に買って貰った」

「え? 本当ですか?」

信太郎が王彦の話に身を乗り出した。

「調べりゃ分かることです。3千万くらいかな」

「3千万!? 全部で8千万!! いや8千5百万か」

「何もして貰ってないんですよ、芳信さん。例えば、大島貞夫に智はいったい幾ら掛けたと思いますか? 衣食住と教育、その他諸々8千万どころじゃないんじゃありません?」

「それはそうかも知れないですけど・・・」

 信太郎は考えてしまった。確かに芳信は祥子に比べて不幸な身の上だ。そうなのだ、何かひとつ違っていたら芳信と祥子の人生は入れ替わっていたかもしれない。

 それを考えて芳信は祥子の棺の前で泣いた、信太郎はそう思うことにした。

 だがすぐに信太郎は大事なことを思い出した。

「帝都興信サービスって何なんですかね?」

「暴力団の息も掛かった実体のない悪徳企業・・・ですかね」

「え?」

「さっきくららからも連絡がありまして、面白いことが分かりました」

 王彦が面白いことと言ったのは2つだった。ひとつは帝都興信サービス。王彦が東京総研のデータベースに当たったところ、この会社が帝都企画と関連会社であることが判明した。

 パテント・トロールの美加登正三と繋がったのである。

 そしてもうひとつは、大島美代子と大島家の長女、佳那が組んでいることが判明した。しかも反社長派と繋がっている可能性が出てきたと言うのだ。

「だいぶ構図が見えてきましたねえ」

 王彦がニヤリと笑ったように信太郎には見えた。

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