第32話 スマホとSNS

「サビーヌ、調子はどうだい?」

 京都土産を手に家に戻った信太郎は祥子のベッドの上にいたサビーヌに声を掛けた。

『なぜ、そんなことを言う?』

 サビーヌはじろりと信太郎を見るとそう言った。

「いや、挨拶じゃないか。挨拶。家を空けることが多かったから」

 サビーヌはふんっとそっぽを向いた。

『つまらん心配はいいから、母上殺しの犯人はどうなんだ? 捜査は進んでいるのか?』

 サビーヌの声が荷物を置いた信太郎に届いた。信太郎は何も答えずに、着替えてから祥子の寝室へと戻る。

 ドスンとベッド脇の床に座った。サビーヌの顔が目の前にあった。

「なかなか犯人には辿り着かない。だけど、もしかしたらという目星のひとつは掴んだ」

 信太郎はそう言い訳した。

「あとな、この事件はどうしても大島精機のお家騒動に関係している。これを解決しないと祥子の事件も解決できないかも知れない」

信太郎は更に付け加えた。

『分かったが・・・1年も2年も掛かったんでは困る。あたしはそんなには生きていられない。天国で母上に説明が出来ないのは困る』

 サビーヌがそう言った。信太郎はドキッとしたが、動物病院の医者が言ったことを思い出していた。

 サビーヌと信太郎に沈黙が訪れた。信太郎には何と言ったらいいのか分からなかった。

「医者も今日明日のことじゃないと・・・」

『当たり前だ! そう簡単に死ぬか!』

 信太郎は言ってしまってからしまったと思った。彼女の寿命は誰にも分からない。だが、小動物の寿命はある日突然尽きるものでもある。

『そうだ、そこのドレッサーの引き出しを開けろ』

 サビーヌはそう言って祥子の使っていたドレッサーを顎で指し示した。

「そうか、チュールだな。いいぞ、チュール食べて元気になろう」

 信太郎は食べる気の出たサビーヌを喜ばしく思う。だが、

『馬鹿者が! あたしはそんなに食いしん坊ではない。その中に母上が使っていた古いスマホが入っている。それに何か書いてないか? 母上はよくスマホに書き込みをしていた』

 サビーヌの声に信太郎が真顔に戻った。ドレッサーの前に移動すると一番上の引き出しから小さな鍵を取り出す。下の引き出しの鍵だ。

「この前は気が付かなかったが・・・」

 信太郎は鍵を開けると中を覗き込んだ。

『風呂敷みたいな物に包まれてないか?』

 サビーヌが言うように引き出しの奥に風呂敷が詰め込まれていた。

「これか・・・」

『母上は、家ではパソコンを使っていない。ノートに何か書くこともしなかった。なんでもスマホだった』

とサビーヌ。

 信太郎もその点は同意する。会社では当然パソコンを使うだろうが、家には置いてなかったから。

 果たして風呂敷の中から旧型のスマホ2台が出てきた。

「祥子はSNSとかやってたのかな」

 信太郎が呟いた。

『ああ、ひとつだけ』

サビーヌが返した。

「やってたのか・・・」

『インスタだ。あれにあたしの写真を投稿してた』

「フェースブックとかツイッターは?」

『やっていない』

「どうして知ってるんだ?」

 信太郎はまた自分の知らない妻の一面を猫が知っていることに嫉妬する。

『書き文字は誤解を生み易いと母上は言っていた』

「書き文字は誤解を生み易い?」

『昔それで酷い目に遭っている。相手の誤解を解くのに大変だったらしいぞ。全く嫉妬深い男だったと・・・』

 信太郎はドキッとした。思い当たることがあった。

「なんで、おまえが知っている!」

『あたしは19年と数ヶ月ずっと母上と一緒だ。母上は何でもあたしに話してくれた。ま、当時はあたしからは母上に話せなかったが』

「ううう・・・」

 信太郎は言葉にならない声を上げた。思い出しても恥ずかしい出来事だった。

 祥子と付き合い出した頃のことだった。当時はLINEでコミュニケーションを取っていた。

 ある時、祥子からのコメントが別れを切り出したように読み取れた。

 些細なことである。2人の趣味の違いを言い合う、最初はじゃれ合いだったのだ。それがもう別れるということになってしまった。

 祥子に信太郎から質問が山のように届いた。あれはどうなのか、何が気に入らなかったのか、自分に悪いところがあったのか、とかとか・・・。

 とにかく信太郎の自虐コメントの山だ。祥子は違うと否定するが、今度は何が違ったんだと、コメントが届く。

 祥子はLINEを閉じて、信太郎に会いに行った。直接会って話して、誤解を解いたのである。

「どうして、私が浮気したことになるんですか!?」

 最後は祥子が信太郎を詰問した。

「分かった、分かった。僕は嫉妬深い男だよ」

 信太郎はサビーヌにそう言うと2つのスマホの充電に掛かった。

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