第22話 パテント・トロール

 信太郎の予想通り、暫定新社長の大島浩一が苦境に立たされることになった。臨時役員会議での社長正式就任も危うくなるかもしれない。

 技術本部統括は専務取締役だ。つまり貞夫本部長の上司は浩一専務(現暫定社長)だったのである。

 大島兄弟とその妹で広報部長の大島佳那が記者会見の場に立つ。更にその隣に顧問弁護士滝口がいた。

「当社としては特許侵害の意識はなく、一方的な言いがかりだと認識している。これは今後の裁判で明らかにしていきたい」

 などと説明している時、雑賀夫妻は大田区にあるステラ精工の前にいた。

「はあ? ここがステラ精工? 随分野暮ったい社屋だこと」

 くららが茶化すように言った。

「社名のイメージとは全く違うな。ここは間違いなく町工場だ」

「そこが大島精機を特許侵害で訴えた・・・」

「ステラ精工は数年前に香港のファンドに身売りしている。ファンドは欲しかった特許を手に入れると、後は二束三文で日本人投資家に売り払っていた。それがパテント・トロールだったんだろうな」

 王彦が説明を加える。

「パテント・トロール?」

とくらら。

「ああ、自ら研究開発はせず、特許を個人や中小企業から買い集めている連中さ」

「じゃあ、今回の特許侵害の訴えって・・・」

「賠償金目的だろうな・・・。ここはもう生きていない。名前だけってことだ」

「実質ステラ精工って既にないってこと? じゃあここは?」

美加登みかど正三しょうざという人物がオーナーだ。一応法人ステラ精工はまだ存在する。所在地は間違いなくここだよ」

 王彦がくららに答えた。だが町工場らしい建物はシャッターが降り、人の気配もない。

「美加登正三って人がパテント・トロールってことか・・・」

 くららが言う。

「で、美加登正三なる人物を調べた。帝都企画という会社を経営していた。そして他にも色々と・・・」

「色々?」

「10社ほどの会社の役員に名を連ねている。いずれも実体のない会社ばかりだった。ステラ精工もそんな会社のひとつというわけだ」

「ステラ精工が持っていた特許の中に大島精機を訴えるネタがあったわけね?」

「いや、そんな単純な話じゃないと思う。須合さんが言ってたようにタイミングが良過ぎる」

「うん?」

「大島精機の企業承継のこのタイミングだから仕掛けてきたんじゃないかな」

「いずれにしても大島精機はダメージ大きいわね」

「ああ。だが、これは闇が深い・・・」

 王彦は考え込むように工場を見上げた。

「どういうこと?」

くららが王彦の顔を覗き込む。

「だってそうだろ。大島精機の企業承継に特許侵害をぶつけて、誰が得をするんだ?」

 王彦に言われてくららははたと膝を打った。

「そうか。パテント・トロールがステラの特許を手に入れたのはもう何年も前。今これを持ち出して大島精機を訴えるのは・・・内通者だ!」

「いや、むしろ大島精機の中に主犯がいて美加登正三が協力した」

「そうね。先生が言ってた反大島一族の社内勢力ね」

「先生の情報だと、反大島社長の筆頭が常務取締役の刑部おさかべ六朗ろくろうという人物らしい。あとは執行役員が何人か。誰か部長もいたな。それ以外にも何人かいるって」

「もう一度御手洗先生とお話しすべきかもしれないわね」

 くららが夢見るように言った。


 翌日、捜査会議の一行は信太郎のマンションに集まった。

「1人増えてるじゃないですか」

 信太郎が不満を述べる。

「いや、申し訳ない。酒は充分持って来てるから」

「そういうことじゃなくて」

 王彦が詫びを言うが、信太郎は納得できない。

「まだ葬儀も済んだばかりなんですよ」

 信太郎が言うと、新しくメンバーに加わった初老の男が祥子の骨壺と白木位牌の前で手を合わせていた。

「ありがとうございます」

 思わず信太郎が礼を言う。

「本当に申し訳けない。パワーカップルなんだが世間の常識を知らなくて」

御手洗はそう言って信太郎に頭を下げた。

「いえ、祥子の仇を討つために協力していただいているので」

 信太郎はそう言ってソファの席を御手洗のために空けた。

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