第21話 虹の橋の伝説

 虹の橋の言い伝えは誰かが書いた詩の一節から来ているらしい。が、詳しいことは分かっていない。

「君たちペットが亡くなると虹の橋のたもとに行くらしい。君たちは元気な姿に戻って、そこで飼い主を待つことになる。やがて飼い主が現れる。すると一緒に橋を渡って天国に行く」

 信太郎がスマホを見ながら説明した。

『飼い主の方が先に死んだ時はどうなるんだ? 母上はその橋の袂で待っていてくれるのか?』

サビーヌが信太郎に尋ねた。

「それは・・・。書いてないな。普通は人の方が長生きだからな。でも行く先は一緒だよ。一緒に橋を渡るか、別々に渡るかはともかく、行先は同じ天国のはずさ」

 信太郎が自分の解釈を話す。するとサビーヌはふっと目を伏せて言った。

『天国は広そうだ。後から行ったあたしが母上を見つけられるだろうか・・・』

 サビーヌへの答えを探そうとした信太郎だが、

「おいおい。サビーヌ、やけに弱気じゃないか。まだまだおまえは死なないよ」

そう返した。更に、

「健康診断も行かないとな」

そう付け加える。

 するとサビーヌの目は一気に光を増して信太郎を睨みつけた。

『健康診断は不要だ』

サビーヌが言ったが、信太郎は許さなかった。

「予約は祥子が入れてあるからな。ダメだ、行くぞ」

「ミギャー」

 サビーヌが変な声で一声鳴いた。


 翌朝。雑賀王彦から電話が来た。

「社外取締役の御手洗先生からの情報なんだが、大島精機がピンチだそうだ」

「ピンチ? どういうことですか?」

信太郎には王彦の言っている意味が分からない。

「御手洗先生が色々と情報を集めてくれた」

「その、御手洗先生というのは?」

「大島精機の社外取締役だ。以前話さなかったか?」

「ああ。それは分かりましたが、ピンチっていったい」

 御手洗からの情報を整理するとこういうことだった。

 表向き安定した経営を続ける大島精機だったが、何かに付けワンマンな体制の会社に不満を抱くグループがあるという。

 特に社長が急死した今、社内を揺るがす事件となって表に出てきたというのだ。

「しかも大島精機の主力商品、U—マイクロベアリングが特許侵害で訴えられた」

「特許侵害? どこにですか?」

「ステラ精工という外資企業らしい。技術本部は大騒ぎだよ。全売上の7%を占める商品だから」

 王彦は続けた。

「技術本部が開発した商品が他社のパクリだったわけだ」

 ここで王彦は言葉を切ったが、信太郎の反応がない。それで更に続けた。

「技術本部のトップは大島貞夫だからね」

 それでも反応がない信太郎に王彦は電話の向こうで苛立っていた。

「もしもし」

すると信太郎がようやく口を開いた。

「ああ。すいません。特許侵害の件は分かるんですが、どうして今なんでしょうか?」

「え?」

今度は王彦の方が絶句した。

「あの。U—マイクロベアリングはもう随分前に発売された商品ですよね。ええ、会社案内で見ました。それが何で今、なんです? 大島社長が亡くなって、社内がゴタゴタしているこのタイミングで訴えられたって・・・」

「須合さんは何が言いたいんだ?」

王彦が信太郎に尋ねた。

「分かりません。ただ、タイミングが良過ぎやしないかと思って」

「だからタイミングが良過ぎるから何だと言うんですか?」

 王彦が信太郎に問いかける。信太郎は明確に答えが出てこなくて、スマホを片手に歩き出そうとした。すると信太郎の足下にサビーヌが来ていた。

「わ! いつの間に。サビーヌ危ないじゃないか。尻尾を踏むところだった」

「どうしたんです?」

王彦が声を上げる。

 サビーヌが足下から信太郎に、

『獅子身中の虫だ』

と言って来た。

「そうか・・・。その会社にリークしたんじゃないですか? 誰かが」

 信太郎はサビーヌの言うことを王彦に伝える。

「今そんな事件が起これば、承継問題はすんなりいかなくなるのでは? だから、一番効果的なタイミングで誰かがリークした、そうは考えられませんか?」

信太郎は王彦にそう言ってから、今度は送話口を押さえてサビーヌに、

「ナイス・アドバイス!」

と言って指を立てた。

「ステラ精工ってどんな会社なんですか?」

「それはまだ・・・」

 王彦が口籠もった。

「サビーヌ、よくそんな言葉を知ってるな? 猫とは思えん」

と電話を切った信太郎。

『母上がよく使ってた。ウチには獅子身中の虫がいるって』

「祥子にも似合わない言葉だ・・・」

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