第20話 姉と弟
芳信は祥子の顔を見ると咽び泣いた。たっぷり5分ほども泣いていたが、ようやく芳信は信太郎の顔を見ると静かに話し出した。
「ありがとうございました」
あらためて見る三浦芳信の顔は帝都興信サービスの報告書で見た写真と同じだった。
「姉は、どうして・・・」
「既に新聞・雑誌、いやネットニュースを見ればあることないことたくさん出てきます」
「ですが、どれも信用できない」
「確かに」
「姉はどうして亡くなったんですか?」
「祥子は勤めていた大島精機ビルの屋上から飛び降り自殺したとされていましたが、その後の捜査で他殺と判断されました。屋上から投げ飛ばされたようです・・・」
芳信が思わず口元を押さえる。
「誰がいったい、そんなことを・・・」
芳信の目は恐怖に怯えた目だった。
「分かりません。あなたがやったんじゃないのか?」
信太郎は少し口調を強めて尋ねた。
「そんな、まさか」
絶句する三浦芳信。顔色は蒼白だった。
「今警察ではそう言うこともあり得ると、あなたを追っていますよ」
「やっぱり・・・」
芳信はそう言うと首を左右に振った。
「やっぱりって、どういうことですか? あなたは関西にいたはずじゃ・・・」
「ここ数日、身辺が騒がしく感じていました。誰かに付けられているような、急に親しくもない知り合いから電話が来たり・・・」
「むう・・・」
「一度など暴走車に轢かれそうになったことも」
「それは本当ですか?」
「故意なのか、事故なのか、分かりませんが」
芳信が答えた。
「姉が亡くなったことを知って、こっそり東京へ出て来たわけで・・・」
「祥子はあなたとのことを?」
「姉さんとはもう10年以上の付き合いです。付き合いというと語弊があります。お互いに存在を知っていたという程度の意味です」
信太郎にとって衝撃的な事だった。
「そんなに前から」
「大学生の頃に実の父親に認知され、その時に知ったのです」
「そうか、その頃はまだ祥子の母親は生きていた。まさに生き証人だ。祥子は双子だったこと、弟がいることを知った・・・」
ここで芳信はやや口調を変えた。
「とは言え、私は今更認知されたと聞いても感慨はありませんでした。本当に今更でしたから」
芳信の養父母は芳信が小1の時に亡くなっている。次の養父母も10年前に事故で亡くなった。
「ただ血を分けた姉弟がいたことは嬉しかった・・・」
芳信がゆっくりと話し出した。この時から芳信と祥子の交流が始まっていた。
「そして、母にも会いたかった。だけど、さすがに母とは会うのを躊躇しました」
それはもちろん自分を捨てた母だったからだ。双子を育てるのは無理と判断して自分を捨てたのだ。
「母の意思を確認できないまま、母は急に亡くなってしまいました。そのことは悔やまれます」
以降も祥子との交流は続いた。交流と言っても関西にいた芳信とはメールや電話で、それも年に数回程度のことである。
「私にもさすがに生活がありましたから。でも血を分けた家族がいるっていうだけで、充分でした・・・ただ・・・」
三浦芳信が黙り込んでしまった。信太郎は根気よく待ったが、さすがに痺れを切らした。
「ただ・・・どうしたんです?」
すると芳信が何だか申し訳なさそうに答えたのだった。
「ここ3年ほどは連絡を取っていません。住まいも変えて、携帯電話も番号を変えてしまいました」
「それで、興信所だったのか・・・」
信太郎が独りごちた。芳信はそれ以上は話そうとしなかった。
葬儀は滞りなく終わった。祥子は小さな骨壺になってマンションに帰ってきた。
葬儀の終わった信太郎に疲れと悲しみが襲ってきた。ぐったりとソファに座り込む。
妻の骨壺を前に信太郎の思考は当然、何で? というところに戻ってくる。祥子は何で殺されなきゃならなかったのか。そこが全然分からないのだ。
ただ、警察がどう思っているかは別として、祥子の双子の弟三浦芳信は祥子を殺した犯人ではないと断言出来た。
祥子の亡骸を前におんおん泣いていた芳信は殺人犯などではない。信太郎はそう思う。
話しを聞いた限りではアリバイもありそうだ。あの日芳信は亡き最初の養母の17回忌法要の相談に寺にいたというのだ。
但し住職と話をしていたのは午後1時頃からだという。午前中のアリバイはない。仮に東京で犯行の後、新幹線に飛び乗って大阪へ戻れば・・・法事の打合せに間に合うかもしれない。
「なあ、サビーヌ。おまえはどう思う?」
信太郎は食事を終えて顔を洗っていたサビーヌに聞いた。
『あたしが死んだら、あの世で母上に会えるかな?』
ところがサビーヌは全く別のことを聞いてきた。
「う〜ん。確かおまえは虹の橋を渡るんじゃないのか?」
信太郎がおぼろげな記憶で答えた。
『人と猫では行先が違うのか?』
サビーヌが毛繕いの動きを止めて信太郎を見ていた。寂しげな目で。
最近信太郎はサビーヌの目の色が分かるようになっていた。目の色とは、感情の変化という意味だ。
猫の目はクルクルと変わる。興味の対象は目先のことが多いが、遠いところを見ていることもよくあることだ。何もない壁の上の方をじっと見ていることもある。
何を見ているかは分からないが、どういう感情で見ているかは何となく理解出来た。
「済まなかった。曖昧な知識で不用意だった。ちょっと待ってくれ」
信太郎はスマホを取り出すと、検索窓にキーワードを入力した。
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