第24話 反社長派

『刑部常務・・・、母上が以前秘書をしていた役員だ』

 サビーヌが信太郎に言って来た。

「そうなのか? サビーヌ」

信太郎がつい口に出す。いつもサビーヌと会話している癖だった。

「どうしました? 須合さん」

 王彦がキャットタワーのサビーヌと信太郎を見て言った。

「すいません。刑部常務って以前祥子が担当していた事があったはずです。僕も思い出しました。専務秘書の柏木さんが言ってた。祥子はその後専務付になって、最後は事務方に・・・」

 すると御手洗が少し大きな声を上げた。

「待ってください。すると祥子さんは反大島派筆頭の刑部常務の秘書も、大島浩一専務の秘書もやっていたと? いや、それ以前に祥子さんは紛れもなく大島家に繋がる人だ・・・」

「先生、何を仰りたいんですか?」

王彦が御手洗教授に尋ねた。

「須合さん、祥子さんが刑部の秘書をしていたのはいつ頃のことですかな?」

 と言われても信太郎には分かるはずもない。祥子の仕事の内容については何も知らないのだ。答えに窮した信太郎にサビーヌが言った。

『母上が今度専務秘書に戻ると言っていたのが2年くらい前のことだ。暑くなる前だったと思う』

 サビーヌの助言を聞いて信太郎が御手洗に答えた。

「確か2年前の5月か6月頃までかと」

「むう。2年前の6月、大島精機でヨーロッパ進出を計画していた。それまで商社を使って輸出していたのを、支社を置いて直接取引をしようと考えていたんだ。ところがこの計画が頓挫した。一説には反社長派が妨害したと噂があった」

 黙って話しを聞いていた堂上が睨みを利かせた顔で話し出した。こういう顔は確かに警視庁捜査一課の管理官である。母親と2人でマンションに住んでいるとは思えなかった。

「なるほど。祥子さんは社長派のスパイとして刑部常務の秘書に就いた」

すると信太郎が堂上の話を遮った。

「祥子が、祥子がスパイだったと言うんですか?」

「本人が知っていたかどうかは分からないが、常務の動静を逐一専務浩一に報告していた可能性は高い」

「それで祥子さんは反社長派の誰かに消されたって、真ちゃんは言うの!?」

 くららだった。くららが声を荒げる。

 信太郎のリビングが険悪な雰囲気になっていた時、サビーヌが話し掛けてきた。

「どうしたサビーヌ」

 信太郎がハンモックを覗き込む。

『ああ。寝室へ連れて行け』

 サビーヌはそう言うと立ち上がった。信太郎は慎重にサビーヌを抱き上げると、抱えてリビングを出た。

「どうした、疲れたか・・・」

信太郎はサビーヌをゆっくりと祥子のベッドに降ろした。

『何なんだ、あいつらは。猜疑心の塊だな。人を疑うことしか知らない』

 サビーヌが悪態をついた。確かに感心した場面ではなかった。

「だけど、彼等は本気で祥子殺しの犯人を捜そうとしている」

信太郎がサビーヌに反論した。

『そうかな・・・?』

「何が言いたい?」

するとサビーヌが部屋のドアを指して顎をしゃくった。

『閉めろ』

 信太郎は言われるまま寝室のドアを閉める。その間もリビングでは4人が喧々諤々遣り合っていた。

「どうした?」

『気が付いたことがある』

「気がついたこと?」

サビーヌはベッドに香箱座りで落ち着いていた。

『おまえ、例の興信所の件はどうした?』

 サビーヌが信太郎を問い質した。

「興信所?」

『そうだ、その件をおまえ、みんなに話してないな』

 信太郎は祥子が頼んだ帝都興信サービスの大西と会ったことを警察にも雑賀夫妻にも話していなかった。

「そうだ。何かが引っかかるんだ。あの興信所の大西という男。そして何より報告結果が」

 信太郎は報告書を祥子のベッドの下に隠していた。

『あたしもだ』

「そうか・・・」

『興信所、何て言ったか?』

「興信所か? ああ、帝都興信サービスだが」

サビーヌは小首を傾げて目を瞑っていた。

『テイトコウシンサービス・・・』

「どうしたんだ? サビーヌ」

『テイトコウシンサービス・・・やっぱり違うような気がする』

「違うって何が」

『母上が頼んでいた興信所だよ』

「え?」

『母上はもうちょっと違う名前を言った気がする』

「違う名前?」

『長い名前だったから覚えられなかった。でも、何度か母上はその興信所の名前を口にしていた』

 信太郎は震えが来るのを感じた。じゃあ帝都興信サービスの大西って誰だ。会ってすぐに疑問を抱いた。報告書を見てこれは違うと確信したのだ。

 この報告を信じるわけにはいかない。この興信所を信じるわけにはいかないと思った。

 それは三浦芳信と会って確信に変わっていた。三浦芳信と会ったことも信太郎は彼等に話していない。

「そうだ!」

 あることに気が付いた信太郎は寝室を出るとリビングへ飛び込んでいった。

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