第25話 信太郎の考え

「堂上さん! 祥子のスマホの名刺アプリはどうなった!?」

 信太郎は真っ直ぐ堂上の前に行くと叫んでいた。

「名刺管理アプリはどうなった!?」

 頼まれごとを思い出した堂上は慌てて立ち上がる。

「そうだった、済まない須合さん」

 堂上が信太郎に頭を下げた。それで、3人が話を止める。

「どうしたんです? 須合さん」

と王彦。

「分かったのか、興信所は!?」

 信太郎が怒鳴った。

「データは見られた。その中に1件興信所の名刺があった」

「何という興信所だ?」

「確か、仁藤興信サービスだ」

「担当者の名前は?」

 信太郎が畳みかける。

「吉谷良二、うん。確かそういう名前だった。だが、連絡をすると須合祥子さんからは着手後すぐに解約を申し渡されたそうだ。解約金も受領済みだと」

 信太郎は腕を組んだ。祥子の契約した興信所は仁藤興信サービスだという。ならば帝都興信サービスの大西は誰なんだ。

「興信所や探偵社みたいな会社の登録は他にはなかったんですね?」

 信太郎が堂上に念を押した。堂上はしばらく考えていたが、やがて

「なかった」

と明確に答えた。その様子を見ていた王彦が再び声を上げる。

「須合さん、これはどういうことなんだ?」

「実は・・・」

 ここでようやく信太郎は帝都興信サービスの大西という男から自宅に電話があって、その男と会って報告書を受け取っていたことを話した。

 信太郎はベッドの下から報告書を取って来ると、テーブルに広げた。

 そして信太郎は祥子の実弟三浦芳信と会ったことを告白した。

「須合さん、何でそんな大事なことを話してくれなかったんだ!」

 今度は堂上が声を張り上げる番だった。だが、信太郎は堂上に謝らなかった。

「警察は元々飛び降り自殺として処理するつもりだった。でも、僕の横槍でやっと動き出して、すぐに殺人事件だと分かった。三浦芳信さんが祥子の双子の弟だということも僕からの告白で気が付いた」

「何が言いたい!」

 堂上が依然高圧的に信太郎に対峙する。だが、信太郎は怯まなかった。全ては祥子の為なのだ。ならば自分は何でもする。

 信太郎はそう考えていた。それはサビーヌの考え方そのものでもあった。

 その時サビーヌがリビングに足音もなく現れた。肉球のなせる技だ。

 そしてサビーヌが応接のローテーブルに飛び乗る。信太郎の前に背を向けて座ると尻尾の先を揃えた両足の上に置いた。尻尾の長い猫の決まりのポーズである。

「サビーヌさん・・・」

 王彦が呟く。それを合図に皆は話を止め、それぞれの席に着いた。

 信太郎もキャットタワーの前の自分の席に着く。サビーヌは座っていた場所からやや方向を変え、信太郎をバックに皆の方を向いた。

「猫さんが、何か言いたそうだ」

 御手洗教授が言いながら一口ワインを啜る。

「ニャウン!」

 サビーヌが一声鳴いた。そして信太郎に告げたのだ。

『考えていることを説明してやれ。おまえの考えていることは正確に当たってはいないまでも間違っていないと思う』

 信太郎は椅子から腰を浮かせると後ろからサビーヌの頭を撫でた。

「この報告書は悪意に満ちている。これを読めば三浦芳信が大島家の財産を狙う極悪人に思える。現に警察は芳信さんがこの事件の犯人。何なら祥子と組んで遺産をせしめようと画策していたが仲間割れして祥子を殺した。そんな風に筋読みしてたんじゃないのか?」

 信太郎が堂上の方を見た。だが返事を待たずに信太郎は続ける。

「芳信さんに会って、よく分かったよ。彼は祥子のためにさめざめと泣いてくれたんだ。あんた達はだれ1人通夜にも来なかった」

「いや、連絡受けてないし」

と雑賀夫妻が同時に声を上げた。

「通夜と告別式は知らなかった。だから今日は線香を上げさせて貰うつもりでお邪魔した次第」

 御手洗が言う。

「まあ、私は立場上弔問には行けなかった。何しろ須合さんの仰る通り祥子さんもまだ一応は事件関係者だったから・・・」

 堂上がややオブラートに包んだ言い方で弁明した。

『おまえの被害妄想だったな。気が利かない男だ。それより事件のことを話せ』

 サビーヌが信太郎の頭の中に言った。

「ううん・・・」

 信太郎は振り上げた拳のやり場に困ってしまった。すると、サビーヌがニャンと短く鳴いて頭を下げたのだ。

「おお、やっぱり猫さんは分かっていらっしゃるみたいだ」

 王彦が目を細めてサビーヌを見る。皆もサビーヌのその態度に感心するやら不思議に思うやら。それで信太郎は話を続けた。

「僕は祥子と芳信姉弟には金銭的野心などはなく、むしろ祥子は大島家に多少なりとも貢献したかったんだと思っている。ところが、大島精機内部には派閥があり、それもオーナー家である大島家と対抗する一派で企業承継を巡って争いがあった。その争いに2人は巻き込まれた。特に祥子の場合は大島精機の社員であり役員秘書だったこともあってこんなことに・・・」

そこで信太郎は目をしばたたいて、しばし口をつぐんだ。涙が溢れそうだったが辛うじて押さえた。

 猫も目を細める。皆は信太郎の次の一言を固唾を飲んで待った。

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