第36話 スマホの暗号

「この事件へのアプローチだが、まず動機から追っていこう」

 御手洗は立ち上がると講義を始めた。

「須合祥子さんが亡くなって得をする人物はいないか?」

 するとくららが手を挙げた。

「もしも祥子さんが今般のお家騒動に巻き込まれていたとしたら・・・何かを知ってしまった祥子さんが邪魔になった人物がいたのでは?」

 王彦が手を挙げる。

「祥子さんは秘書室で浩一専務の秘書をしていた。それ以前には刑部常務の秘書をしていた。お互いの情報戦に巻き込まれたのでは?」

「そうか、例えば、パテント・トロールと刑部常務が繋がっている事実を知った祥子さんを・・・反社長派なら動機になる」

「貞夫本部長の妻美代子は祥子さんに何かと優しくしていた。だけど、弟三浦芳信を探すために仁藤興信サービスに依頼してあったのを帝都興信サービスに切り替えさせ、嘘の報告書を作らせた。美代子は祥子さんをただの駒にしか見ていなかったのかも知れない」

「だったら、邪魔になれば殺す動機になるな。どうだ、他に動機を持つ者はいないか?」

「大島佳那はどうですか?」

 やっと泣き止んだ信太郎が声を上げた。

「どうしてだね?」

御手洗が答える。

「秘書仲間に聞いたんですが、広報部長の佳那に祥子は酷くいじめられていたようなんです」

「それは新事実だな」

「なんでも殴られたこともあるとか・・・」

「だが、それで殺す動機にはならんだろ」

 御手洗に指摘され、信太郎は下を向く。

「先生、動機は社長派、反社長派ともにあると思います。先般先生に言われて調べていた柔道経験者の線はどうでしょうか」

「柔道経験者はいたのか?」

「はい。浩一社長が黒帯です。あと柏木社長秘書がインターハイ女子柔道準優勝者でした」

「興味深いな。柔道経験者は2人だけ。だったらそれぞれの裏を取ればいい。だが、柔道の投げ技を使ったのが偽装だったら・・・」

 御手洗に言われて信太郎はギクリとした。そうか、罪を着せるために・・・。

 今まで信太郎の膝の上でうずくまっていたサビーヌが信太郎に話し掛けてきた。

『母上のカレンダーのメモだ』

 最初信太郎はサビーヌの声に気が付かなかった。が、ようやく聞こえた。

「どうした? サビーヌ」

『気が付かないのか、母上のスマホだよ』

「そうか!」

信太郎が膝を打った。

「堂上さん! 祥子の、祥子のスマホを見せてくれ!」

 信太郎が急に大きな声を出したので、一同は呆気にとられている。

「スマホだ、スマホの中にヒントがある!」

「どうしたと言うんだ、須合さん!」

 信太郎は昨晩祥子の古いスマホを見ていた。2つのスマホの古い方は祥子と自分が付き合う以前からのもので、まだ若い頃の様子が忍ばれた。

 だが、もうひとつのスマホに最近3年あまりの出来事が書いてあった。

「その中に頻繁に出て来るのが、専務に報告というコメントだ」

「専務に報告? それじゃあやっぱり・・・」

「いや、違うんだ。祥子が報告していたのは佳那さんのことだったんだ」

 信太郎が言った。

「広報部長が裏切っているってことを知って?」

王彦が先回りする。しかし信太郎が首を振りながら否定した。

「違う、違うんだ。佳那さんの恋愛とか生活とか、健康とか、そう言うことなんだ。浩一社長は佳那さんのことを心配していた。独り身でいる佳那さんを心配してたんだ。で、その心配は父親の智さんに共有されていた」

「どういうことかな?」

 御手洗が分からないとばかりに腕を組んだ。

「古いところだと社長に報告ってのもあった。これは智社長のことだ。他に貞夫さんに報告もあった。そのどれもがプライベートなことなんだ。仕事のことは祥子はメモを残していないんだよ」

 祥子は決して社長派や反社長派のスパイをやっていたわけではなかった。家族間の心配ごとや悩みを家族に知らせていたのである。大島家の潤滑油の役目を果たしていたのだ。

 そんな中で非常に気になる記述があった。最後の最後のメモだった。大島佳那が不倫しているというのだ。

 これは祥子自身も非常に心配していた。だが、スマホが変わり、恐らく現在のスマホにその顛末が書かれているはずなのである。古いスマホでは不倫相手も分からない。

 そして自分が恨まれる理由も書かれているかもしれない。

 すると堂上が信太郎に尋ねた。

「それらのメモはどこに書かれているんですか? クラウドの中とか、そういうこと?」

「いえ、単純にカレンダーですよ。だから日付と同時に内容が分かる」

「カレンダー・・・。ならば様々な記号と略号、イニシャルが書かれているのは分かっている。まるで暗号だと鑑識が言っていた。だから解析はまだ出来ていない。それが須合さんには読めるというのか?」

「読めるか、読めないか、それは分からない。でもプライベートな内容だとすれば、それこそ僕たち以外には読めないと思います」

 信太郎は敢えて僕たちと言った。全てはサビーヌが承知しているはずなのだ。

 祥子は夜ベッドでコメントを書いていることが多かった。そんな時そばにいるサビーヌに説明しながら書いていたという。

 信太郎は更に続けた。

「その中に今回の事件に関わることが絶対あるはずなんだ」

 だが、サビーヌは既に眠り込んでいた。

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