第10話 非嫡出子

「時間もありません。本題に入りましょう」

 くららが仕切り直した。

「須合さんの奥様が大島智の娘だってこと、聞いてませんよ」

 堂上が不満を言う。

「一応クライアントとの守秘義務があったので・・・。でも、これで共有できます」

 王彦が説明した。

「クライアントって?」

信太郎が王彦に聞いた。

「私の恩師で、大島精機の社外取締役の御手洗教授です。もっとも弊社としても大島精機のスキャンダルには大いに興味があるところですが」

 王彦が答えた。だが、信太郎には今ひとつ理解出来ない。

「企業承継問題です」

 王彦が言う。が、それも何だかなあと言う感じだ。

「承継問題?!」

 すると堂上が焦れたように声を上げた。

「堂上さん、申し訳ない。守秘義務があったので・・・」

王彦が真面目くさった態度で応じた。

「大島智社長はすでに80歳、そろそろ企業承継問題を考えないといけない時期です。大島精機には3人のお子さんがいます。長男の大島浩一専務、次男の大島貞夫技術本部長、そして長女で広報部長の大島佳那です」

 くららがここまで説明すると後を王彦が引き取った。

「智社長が会長昇格して専務浩一氏が社長になる、これが順当な企業承継です。しかし、智社長は健康面が優れない。実際仕事からは昨年以来遠ざかっている。ま、不謹慎な言い方をすれば、智社長が亡くなった場合、承継と同時に遺産相続の問題が出て来るわけです」

 その後を今度はくららが引き継ぐ。夫婦探偵のなせる技か、と信太郎は思った。

「相続の権利者は奥様の他3人。相続の内容によっては社内権力の構図が変わるかもしれない・・・ようは、兄弟3人必ずしも仲が良いとは限らないってことで」

「それで、祥子がどう関わるって言うんですか?」

 くららの発言を遮るように信太郎が口を挟んだ。

「そこです。仲のあまり良くない権力闘争中の3人兄弟に加えて、智社長には非嫡出子が2人いる。その1人が須合祥子さんです」

 だが、ここまで来てもなお信太郎にはよく分からなかった。

「祥子が大島社長の娘だってことは聞いていました。しかも認知されたのは彼女が大学生になった頃です」

「健康に不安を感じるようになってから大島社長は非嫡出子のことを気にするようになったと思われます。それで、奥様のことも認知したんでしょう。当時は母親の忍さんもご存命だったはず。いや、忍さんが積極的に大島社長に認知を願ったんじゃないかと思います」

 ところが今まで口を挟まなかった堂上がここで話し出した。

「くらら先生はさっき大島智には非嫡出子が2人いると仰った。ひとりは須合祥子さんだとして、もう1人は?」

 すると王彦が助け船を出した。

「調べているんだが、芳信ということしか分かりません。三浦芳信・・・所在不明です。両親は10年前に交通事故で亡くなっています。親戚との繋がりも皆目・・・」

「その三浦芳信という人が犯人だと?」

 信太郎が前のめりになる。

「分かりませんが、彼も法定相続人になります。もし、兄弟姉妹のうちひとりでも欠ければ、取り分はそれだけ大きくなる」

 王彦が言った。

「大島家の個人資産はおそらく2〜3百億円」

くららが後を続けた。

「このまま須合祥子さんが自殺で決着すれば、取り分はそれだけ増えるわけです」

王彦が言った。またしても見事な夫婦連携である。

 信太郎は三浦芳信への怒りがこみ上げてきた。

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