第40話 解けない暗号

 信太郎は警察から借りだした祥子のスマホをずっと読んでいた。読むだけでなく、書き出していったのだ。

 このスマホには直近10ヶ月あまりのことが記述されている。祥子がその頃にスマホの機種変更をしたのだろう。

 祥子は機種変更の際にデータの引き継ぎをしていなかった。新たに書き始めていたのだ。従って10ヶ月以前のデータはここには何も書かれていない。

 古い2機種でもそうだったが、祥子は古いスマホを使用済みの手帳のように扱っていたのかも知れない。

 カレンダーには例えば、三浦芳信探しを依頼した仁藤興信サービスから帝都興信サービスへ変更する経緯が書かれていた。

 と言っても記号、略号、絵文字等による模式図である。まさに暗号文書のようだ。

「ⒼⓂ♡→帝都興信🙌L24」

と言う具合である。

 最初信太郎には全く分からなかった。サビーヌに読んで貰おうにもサビーヌに文字は読めない。

 信太郎が何の文字が並んでいるのか、記号や絵文字をいちいち説明しなくてはならなかった。

 それでもサビーヌには意味不明であることも多い。これを本当に解読できるのか信太郎は不安になっていた。

 祥子の古い携帯2個の中はちゃんと文字、文章で書かれていることが多く、普通に読めたのだ。

 ところが直近まで祥子が使っていたスマホは、ほとんどが暗号で何も理解出来ない。

「そうか。古いスマホは家族になろうとしていた大島家とのプライベートだ。だから普通に思ったことを書き込んでいた。でもこのスマホの中には仕事や・・・」

 信太郎はここから先の言葉が見つからなかった。するとサビーヌが口を出した。

『母上はここ半年ほど悩んでいたんじゃないかな。弟のこともそうだけど、純粋な家族の問題じゃない関わりになっていた』

「うん。サビーヌの言うとおりかも知れない。何かしら、そう、ヤバい感じがしていたような気がする。だから暗号みたいな書き方にした」

『そうすると、母上はやはり大島家の事件に関わって命を落としたって事か?』

 サビーヌが言う。信太郎も小首を傾げて考えながら言った。

「どうかな・・・? 祥子の性格からして犯罪絡みのことなら、もっとはっきり態度を表明したんじゃないか」

「ニャウ」

 サビーヌが鳴いた。

「ああ、飯か。今用意する。僕も何か食べなくちゃな・・・」

 最近の信太郎はサビーヌのテレパシーと猫語の鳴き声と一緒くたにして理解出来ていた。

 サビーヌと信太郎が食事をしていると雑賀王彦から電話が掛かってきた。

「どうですか? 解読は進んでいますか?」

 王彦が開口一番尋ねた。

「いえ。なかなか大変で。古いスマホだとちゃんと文章で書いてあるんですが、このスマホには本当に記号や絵文字や略号とかばかりで。確かに暗号です」

「サビーヌさんはどうなんですか?」

 王彦が唐突にそう尋ねてきた。ドギマギする信太郎。

「ど、どうって・・・?」

「サビーヌさんにはその暗号読めるんじゃありませんか?」

「ま、まさか」

 王彦は自分とサビーヌが意思の疎通を図っていることを知っている? そう思った。だが王彦は言った。

「さすがに字は読めないでしょう。でもいつ頃どういうシチュエーションで更にはどんな気持ちで奥様がそれを書いていたのか、猫は知っているのではないかと思ったんで」

 言われて信太郎も納得できた。そうなのだ、祥子はいつもベッドの中でサビーヌに語りかけながら、いや、すでにテレパシーで考えを共有しながら、スマホにメモを打っていたはずだ。

「なあサビーヌ。暗号解読のために協力して欲しい。全部分解してみようと思う。そして記号が何を指すのか、絵文字をどういう意味合いで使っているのか、ひとつひとつ調べていこうと思うんだ。杉田玄白の解体新書の翻訳みたいにね」

 信太郎が食後の身繕いをしているサビーヌに言った。すると、

『もう眠い。後でな・・・』

サビーヌはそう答えると、目を閉じてしまった。

 信太郎はサビーヌの眠っている時間が増えたと感じている。特に身体のどこが悪いというのはないと思う。寄る年波というのか、老いた気がしていた。

「20歳だもんな・・・」

 信太郎はスマホの中から暗号文を抜き出す作業に戻った。なんとしても祥子と子供を奪った犯人を見つけたい。

「祥子、どうか教えてくれ」

 信太郎は再び心に誓った。


 電話を切った王彦はテーブルに戻るとグラスにワインを注いだ。

「王彦さん、飲み過ぎちゃダメですよ」

 くららが注意する。すると王彦が、

「このビーフストロガノフ、最高ですね。お店が開けると思います」

とキッチンの堂上節子に声を掛けた。

「まあお上手なこと」

いいながら節子が出て来る。

「ねえ、犯人はまだ分からないんですか?」

「ええ。社内の派閥争いは決着が付きそうなんですが・・・、いや難しいかな。殺しの方は皆目」

 王彦が言うと真一郎が会話を遮った。

「だから、母さんは事件に首を突っ込まないでください」

 堂上家のダイニングである。雑賀夫妻と警視庁捜査一課の管理官堂上真一郎が真一郎の母の手料理でワインを飲んでいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る